「まっしろ」



そう言いながら、なまえちゃんは積もりたてのまっさらな雪の上を歩いた。時々後ろを振り返って、足跡を確認しながら。



「なまえちゃん、車には気をはぶっ!」

「きをはぶ?」

「てーんー!」

「いやぁ悪い悪い、こんなキレーに顔面決まると思わなかった」



何か飛んできてる気がする、と思ったときにはもう雪玉は見事に僕の頬を打ち付けたあとだった。雪がふわふわで痛くはない。痛くはないけど冷たい。そして悔しい。



「少年よ、戦場では油断大敵だ!」

「なんですかその大量の雪玉!」

「いけなまえ!ひろゆきをやっつけろ!」

「え、ちょま!」



反撃したかったけど、僕には雪玉を作る時間すらなかった。なかったので、とりあえずなるべく遠くに逃げて天さんを雪玉の山から引き離す。そして隙を見て雪玉の方へ逃げる…と見せかけて、雪玉の山を乗っ取ることに成功した。こんな猿芝居にひっかかかるなんて、天さんも大したことないんじゃないか。



「なまえちゃん、今度はあのバカでかいのが目標…ってあれ、なまえちゃん?」



反撃ののろしを上げると、なまえちゃんはもう雪玉なんて投げていなかった。これでは僕と天さんがただの恥ずかしい大人じゃないか。いや、なまえちゃんがいたところで十分に恥ずかしい大人なんだけど。なまえちゃんはと言うと、車庫の前でショベルカーのショベルの部分に持ち手のついたようなものを運んでいた。
僕と天さんは、窓から顔を出した鷲尾さんに呼ばれた。



「お前ら子供差し置いて楽しむのもいいけどよ、雪かきしといてくれや」



鷲尾さんにも見られていたらしい。氷点下だと言うのに急に暑くなってきた。今僕の顔が赤いのは、寒さのせいではない。
気を取り直してシャベルを取りに車庫に行くと、なまえちゃんの持っていた器具がもうひとつあった。どうやらこれは除雪器具だったらしい。(あとから鷲尾さんに聞いた話では、ママさんダンプと呼ばれる除雪器具らしい。)
120度くらいのくの字型に曲がっていて、下の部分を地面につけて押すと雪がショベル部分に集まる。なまえちゃんは背が足りなくて「く」の曲がり角の部分を地面につけて押していたから何か別の物に見えたが、そう言う仕組みだ。
あんなに雪玉を作ったにも関わらず、雪はまだまだたくさん積もっていた。そして雪かきをしてみてわかったことだけど、雪ってのは軽そうで重い。考えてみれば圧縮された水なんだから当然なんだけど。雪を集めるだけならまだいいけど、それを重ねて山にするのがまた辛い。毎日こんなことをしなきゃならないなら、僕は沖縄に逃げると思う。避暑ならぬ逃雪だ。
天さんは疲れたと言うよりも飽きた様子で、鷲尾さんが冬の間に築きあげてきた雪山に登っているなまえちゃんを眺めている。雪は崩れるばかりで全く登れる気配はない。

どうせまた積もるんだからなぁ、とぼやく天さんの目が突然光った。そして車庫な中に入った。出てきたときに天さんが持っていたのは、赤いプラスチックのそりだ。



「行くぞちびすけ!」

「行くー」



なまえちゃんを乗せたそりを引っ張って、天さんが走りだした。僕は夏にもこんな光景を見たことがある。その時はそりじゃなくて浮き輪だったけど。
うわぁ、なんか不安定だなぁ。それが一番の印象だ。すごくいやな予感がして、あとから追いかけるとやっぱりなまえちゃんが落ちていた。曲がり角で振り落とされたらしく、体中雪まみれだ。天さんはと言うと、20メートルほど先から歩いて戻ってきている。気づくだろう、普通。



「なーんか軽いなぁと思ったら」

「ごろんてね…ぅしゅっ」

「あーあ、天さんのせいですよ、なまえちゃんが風邪ひいたら」

「…帰るか」



そりの足跡をたどりながら、僕たちは鷲尾さんの家に戻った。辺りはもうすっかり真っ暗だ。結局、雪遊びをしたかったのは天さんなんだろうなぁ。くしゃみを立て続けに3回しながら僕は思った。


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