結局、なまえちゃんが天さんの手の届く範囲まで近づけるようになるのに3週間かかった。ただ近づけるようになっただけで、触れるわけではない。
「いくらなんでも警戒しすぎじゃないですかね」
「まぁ、四六時中一緒の俺に慣れるまで10日かかったからな」
「あれ、オレは3日…」
「お前が早すぎんだよ」
10日もかかったのか。なんか意外だな。今となってはなまえちゃんは本当に赤木さんにべったりだ。絶対に赤木さんの目の届かない範囲にはいかない…つまり、赤木さんが見えなくなるほど離れることはないし、黙って赤木さんが席を外したりすると大騒ぎなのだ。大騒ぎ、と言っても本当に騒ぐわけじゃないけど…。
「大丈夫だって、誰もお前を置いてったりなんかしねぇからよ」
オレたちは今、海岸に来ていた。いわゆる散歩ってやつだ。何もないただ広いだけの砂浜を、ただ歩くだけ。天気は曇りで、昼だというのに薄暗いぐらいだけど、散歩にはちょうどいい。なまえちゃんが5メートルぐらい先を歩いている。たまにしゃがんで、何かを拾ってるようだ。なまえちゃんは見える範囲にいてなお、30秒に1回は振り向く。足音も話し声も聞こえてるだろうに。
「赤木さん、ひろくん」
先を歩いていたなまえちゃんがオレと赤木さんのすぐ前まで来て、握った両手を突き出している。反射的に僕も手を出すと、その上に綺麗な貝殻が置かれた。
「くれるの?」
「きれい?」
「うん、綺麗だよ、ありがとう」
最初の質問には答えてくれなかったけど、綺麗だと言うとぱぁっと明るい顔になった。それから、貝殻を見つけるたびにオレと赤木さんに拾ってくれて、あっという間にオレたちの手は貝殻でいっぱいになった。赤木さんも困った顔をしているが、ただの困った顔ではなくてしょうがないな、とか、そう言う愛情のこもった顔だ。意外にも、赤木さんは赤木さんでなまえちゃんがかわいくてしょうがないんだ。
「これと、これもっ」
「あのななまえ、気持ちは嬉しいんだけどよ」
「もういらない?」
「いらないわけじゃねぇけど、持ちきれないな」
「いらなくない?」
「まぁ、その鞄に入るだけにしとけ」
その鞄、って言うのはなまえちゃんの肩にかかっている小さな鞄のことだ。ポシェットってやつだろうか。赤木さんが、貝殻山盛りの手をなまえちゃんに差し出したのに倣って、僕も手を差し出す。
海岸と貝殻と
(これ、赤木さんの…ひろくんの、天さんの…)
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