「あれ、いたんだ、珍しい」



部屋でぼんやりと次回作の構想を練っていると、なまえが入ってきた。ソファに座っている俺の横に立って、半分見下すような視線を投げかけてくる。



「てっきり家畜並の脳みそで恋人たちの性なる夜を堪能してるかと思ってた」

「いいじゃねーか、俺にも色々あんだよ…」

「まぁまぁ、そう気を落とさずにこれをお飲み」



そう言うと、なまえは両手に持っていたマグカップのうち、片方をこちらに差し出した。受け取ろうとすると、「あ、違う」とつぶやいて、もう片方のマグカップを差し出す。また何かの罠だろうか。



「これは一体どんな毒が入ってるんだ?」

「なまえがわざわざあんたのためにコーヒーいれると思ってるの?」



こんな夜分に、そう吐き捨てるとなまえは、俺の向かいのソファに腰を下ろした。恐る恐る口を付けてみると、たしかにそれはちゃんとコーヒーの味がする。体にも害はなさそうだ。



「なまえこそカイジんとこ行ってると思ってたな、俺」

「行こうと思ってたんだけどさぁ、そしたらサンタさんに会えないでしょ?」

「は?」

「今年こそサンタの国籍を暴いてやるんだ!」



何を言い出すかと思えば、その口から出てきたのは普段の態度とは似ても似つかないような、純粋度100%みたいなことだった。思わず吹き出しそうになるのを堪えてむせていると、やっぱり汚い物を見るような目付きで見られた。ああ、なんかもうそっちの方が見慣れちゃったよ、お兄ちゃまは。
そんな悲しい適応力を嘆きつつも、どうにか呼吸を整える。でもなまえ的に考えると、自分の部屋で1人で待ち構えていそうなもんだが。こうして俺を夜のお供に選ぶってことは、やっぱり俺を頼ってるってことだろうか。1人の夜が寂しいなんてまだまだガキだなぁ。



「何ニヤニヤしてるの?気持ち悪さ5割増キャンペーン中?」

「いやいや、頼れる兄貴は辛いよなぁ!」

「あ、ちょっとあんた、なんか勘違いしてるんでしょ!」

「照れるな照れるな、そんな夜もあるってことよ」

「お部屋にいたら黒服が早く寝ろってうるさいんだもん」



眉間に皺をよせてドアの方を一瞥すると、なまえももう片方のマグカップに口をつけた。
なまえにバレることなく枕元にプレゼントを置く、1年のうち最もプレッシャーの強い、面倒な仕事だ。そりゃあ、黒服は早くなまえに寝てほしいだろう。もう十年以上も前にそれに失敗して、1人の子供の夢を壊したんだから。(俺にも純粋だった時代があるのよ)



「でも、俺の部屋にいたらいつサンタが来たかわかんねーだろ」

「大丈夫!ちゃんと手を打ってあるから!」

「手?」

「そう、紅茶とクッキー置いといたの」

「それがどうしたんだよ」

「その紅茶にね、ちょっと、ほら、口にするのは、ね?」

「お前まさか…」

「ちょーっと眠くなるだけだからさ」



倒れたサンタの身ぐるみを剥がして真相を暴く妄想で頭がいっぱいらしいなまえは、頬に手を当てて足をばたつかせて、きゃっきゃと喜んでいる。表面だけ見るなら文句なしにただただかわいい妹だが、その口から出たのはまさかの犯行予告だ。末恐ろしい。俺だってそんな見ず知らずのオヤジに手出そうなんて思ったことないぞ。



「だいたいね、なまえは思うわけよ」



犯行予告をした娘は、口角を上げて続けた。



「この家に不法侵入するなんてさ、無理じゃん」

「まぁ…」

「だからなまえは、サンタは内部犯だと思うわけ」

「ああ、そう…」

「あんだけ黒服いるんだから、1人ぐらいサンタがいてもおかしくないでしょ?」

「でもサンタって言ったら、やっぱり白ヒゲだろ」

「…!謎はすべて解けた!」



どこかで聞いたことあるようなセリフを吐いて、目を爛々と輝かせたなまえが立ち上がる。飛び跳ねそうな勢いだったなまえは、意外にもそのまま再びソファに座った。座ったというよりは後ろに倒れ込んだ感じだし、首ががっくりとうなだれている。
まさか、そこまで名探偵の真似なんだろうか。いやなまえ、そっちは名探偵じゃなくて当て馬の方だぞ。
しばらく眺めていても動く様子がないので、恐る恐る近づいてみる。手の届く範囲に入った瞬間、首でもつかまれるんじゃないか。そう思ってちょっと警戒するもむなしく、あっさりと目の前まで来てしまった。



「なまえ…?」



返事はない。軽く肩を揺すってみると、横に倒れた。どうやら、本当に寝ているようだ。さっきまであんなに騒いでたのになぜ…。
ちょっと考えて、それに気づいた俺は笑いが止まらなくなった。そうか、黒服の方が一枚上手だったか。こんな日に、早く寝ろと言っている黒服の作った飲み物を、疑いもせず飲むなよ。
そう思ってマグカップを見てみると、ほんの一口程度しか減っていなかった。じゃあやっぱり、単に睡魔が勝っただけか。時計を見てみると、普段なまえが寝る時刻はとっくにすぎていた。生活習慣ってのはなかなか変えられないもんだな。
次回作は推理モノにしよう。そう考えながら、俺はなまえを部屋に戻すことにした。ぽかぽかと温かいなまえを抱いているとこっちまで眠くなってくる。もうサンタで喜べる歳じゃないが、たまにはいい子に戻って早寝でもしてみるか。それで早起きして、明日の朝のなまえの反応を楽しむことにしよう。そうだ、すべて解けた謎の答えを聞かなくては。
近年まれに見る眠気と戦いつつもなまえをベッドに置くと、俺もその場に崩れ落ちた。薄れゆく意識の中、俺は思い出した。あのとき、なまえは一度差し出したマグカップを引っ込めて、別の方を俺に渡したじゃないか。あの不自然な動きはそういうことか…。謎はすべて解けた。


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