そうしてやっとキッチンに入ったなまえは、エプロンをした黒服ふたりに囲まれた。相当な警戒心だね。今度は爆発させるのが目的じゃないから大丈夫だってば。だいたい、そのスーツの上にエプロンってどうかと思う。
「でさ、何作ったらいいかな?」
「目的にもよりますが、まずは卵料理から始めるのが妥当かと」
「簡単にできていい女アピールができる、いわゆるお袋の味的なのは?」
「…卵焼きでも作りますか」
卵焼き…あのぐるぐる巻きのやつね、なかなかいいとこに目つけてんじゃん。早速黒服が卵と、なんか銀の丸いでっかい皿みたいなやつ(ボウルって言うんだって)を持ってきた。やたら長い箸も用意されたのはいいけど、ここの調理台はちょっとなまえには高すぎる。小学生には「背の順」って言うのが付き物で、その5年間のデータによるとどうやらなまえはあんまり大きくないらしい。そういう考察を昨日したばっかりだった。まさか早速実感することになるなんて。どうにかしてよと言う無言の要求に気づいたみたいで、卵とは別の黒服が小さな台を持ってきた。
「よっし、これ割るんだね」
台の角っこに卵を打ちつけて、ひび割れたところに親指をつっこんで、ボウルの上で殻を真っ二つにすると、ちゃんと黄身と白身が出てきた。所々に真っ白な殻が入ってるけど気にしない。現代人はカルシウムが足りないって言うでしょ?それに案外カリカリしてていいアクセントになるかもしれない。なまえは食べたいとは思わないけど。
「んで、混ぜるの?」
「そうです」
「味は?」
「砂糖を3杯ぐらいです」
目の前には白い粉の入った箱がたくさんあったけど、目印がちゃんとついてるから大丈夫。3杯入れて、まだ足りない気がして舐めてみた。
「うわしょっぱ!」
「どれを入れたんですか」
「これ、このSって書いてあるやつ」
「それはソルト、塩です」
「砂糖のSじゃないの!?」
「塩もSです、お嬢様」
「あ、ほんとだ」
Sが砂糖のSじゃないなんて初耳だよ。まぁとりあえず入れちゃったもんはしょうがないし、砂糖も3杯入れてみた。砂糖は隣の全然別の入れ物に入ってたし、そもそもでっかく砂糖って書いてあった。
「しょっぱかったら砂糖で中和する、料理の基本!」
「お嬢様それは…」
「いや、もういい、何も言うな…」
後ろで黒服ふたりがぼそぼそ言ってる。ふたりの顔色で、なんかなまえが間違ってるってことはわかった。舐めてみて、中和できてないってこともわかった。卵さんには悪いけど、もう君たち終わってると思うんだ。でも君たちの死を無駄にはしない。作戦変更!こうなったら締め切りに追われて切羽つまってるお兄ちゃまに差し入れでもしてあげよう!
とりあえず、目についたしょうゆを入れてみた。あとからつける手間をはぶくためにもケチャップも入れといてあげよう。あ、ケチャップはオムレツだっけ?まぁ似たようなもんだよね。あとはなんかよくわからないガリガリするやつ(こしょうだってさ)を入れて、黄色くって酸っぱいやつ(これが酢らしい)も入れた。こんなにいっぱいいれたんだから、きっととっても素敵なやつができるよ!
「さぁ焼こう!」
「それ、本当に…」
「あんたたちが食べるんじゃないから安心してよ」
最初に卵を半分ぐらい入れて、それをフライパンのはじっこに巻いていくのはちゃんとできた。でも次に入れた卵はうまく巻けなくて、ちゃんと巻けた卵までぐちゃぐちゃになった。ま、最終的に固まってればおんなじだよね。残りの卵でぐちゃぐちゃ卵をかためて、結局できたのはスクランブルエッグの卵とじって感じになった。無駄に長くて糸でつながった箸が悪いと思う。こんなんじゃ全然うまく動かない。
切ってお皿に盛り付けて、あとはお兄ちゃまに食べてもらうだけ。さ、冷めないうちに持ってかなきゃね!
胸がドキドキ
(へーんな色のたまごやき!)
----------------- 砂糖もシュガーでSじゃね? 今気づいたけど…。
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