頭にはミルク飲み人形のごときボンネットを被せられ、首にはこれまた少女趣味なよだれ掛けを巻かれた不気味な男を放置したまま部屋から出ていったお嬢様が帰ってきたのは、10分ほど経過したときだった。



「そろそろ3時だからお腹すいたでしょ?もうすぐおやつですからね」



先程の外出は、その注文をしに行ったと言うところだろう。それにしても10分とはいささか長い気がする。いくらこの邸が広いと言えども、そのようなことは方々にいる黒服に言えばよいのだ。あぁ、つまり私はこの醜態を黒服に晒さなくてはならないと言うことか。いや、どれが誰なのかわからない黒服に見られても何ということもないではないか、と自分を納得させていると早速ドアが開いた。覚悟を決めてそちらを見る。



「…会長っ!?」

「ぐっ…!!」



そこから現れたのはこのえげつない娘の父親、兵藤和尊その人だった。お嬢様の隣に座り、私を見るなりその顔を歪めて溢れ出る笑いを堪えているようだ。



「大勢で食べたほうがおいしいと思ってお呼びしたの」

「あぁ、よいよい、そのままで。よう似合って…ぐふっ…」

「いっそのこと笑っていただけませんかね!」



変に笑いを堪えられると、いかに自分が醜態を晒しているのかを確認させられるようである。会長に続きプリンを運んできた黒服は、私を笑うと言うよりはむしろ同情するような空気を醸し出してくるのだからもう始末におえない。唯一の救いと言えば、私の見える位置に鏡がないことぐらいであろうか。



「いただきまーす」



お嬢様が食べ始め、次に会長が食べ始めた。杖をついた老人とプリンの組み合わせもなかなか滑稽である。皿に寄り添う銀のスプーンに手を伸ばすど、お嬢様からストップの声がかかった。そのスプーンに小さな手が伸びプリンをひと匙すくったと思うと、それを私の口元へと運ぶ。



「幸雄ちゃん、あーん」

「・・・!?」

「赤ちゃんにはママが食べさせてあげないとね、ほら、好き嫌いしちゃダメよ」



まぁ、今までの仕打ちに比べれば苦痛は軽いと言えるだろう。しかしそれは状況によるのだ。隣だ、お嬢様の隣の老人を見ろ。このまま私が匙をくわえれば、今度はこの老人が私の頭に食らい付きそうな表情をしているではないか。まさに板挟み。

だが気づかなかった。ほんの数秒、気づくのが遅かった。直前の仕打ちに比べ軽い行為、それが私を軽率にさせた。と言う経緯で私は今、杖で額を小突かれている。距離の関係もあり力こそかかっていないものの、回数を重ねられると精神に来るものだ。

手際よくプリンを運ぶ手、ピシピシと額を打ち続ける杖、その上思い出したくもない装飾品を身につけている。一体自分は何を目指しているのだろうか。不意に現れた一瞬の虚しさは瞬く間に胸を覆い、ついに私にあの言葉を言わせてしまった。










流血の叫び

(お嬢様…降参です…)


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