お嬢様の恐ろしいところをもう1つ上げると、今もきっと私の背中の上で天使のように振りまいているであろう、この笑顔である。普通、これほどの汚いことを考えていればその醜さが自然と顔にも表れるものだが、このお嬢様に限ってはそのようなことがないのだ。見かけは純真そのもの、これに騙された人間が何人いることか…。



「・・・」

「…どうかされましたか」



つい一瞬前までキャッキャと騒いでいたお嬢様が急にだまりこんだ。聞くまでもなく飽きたのだが、このとき決して歩を緩めてはいけない。だれが止まっていいと言った、と言いながら脇腹を蹴られるのがオチである。



「飽きた!」

「い゛っ!」

「だって手綱ないんだもん!」



そう言ったお嬢様が引いたのは私の髪の毛だ。手綱をくわえさせられるのと、髪の毛を引っ張られるのと、どちらが幸せであっただろうか。騎手が降りたので立ち上がると、腰に鈍い痛みが残っている。私もどうやらそんなに若くないらしい。



「次は何して遊ぶ?」

「今ので少々私は疲れました、今度はトランプなんかいかがでしょう」

「何するの?」

「あぁ…ポーカーなんかが手軽ですな」

「あのさ、それ絶対利根川が勝つと思うの。だいたい、トランプなんて2人でやってもつまんないじゃん」

「はぁ…」



それを言うと、何もできないではないか。体は老いてきたと言えども、頭の方は生まれてたかだか数年の小娘に負けるわけがない。



「ん、そうだ」



嫌な予感、第2弾。否、この部屋で良い予感などするはずもないのだが。



「久しぶりにおままごとでもする?」

「ま、ままごとですか」

「なまえももう5年生だから本当はやりたくないんだけどさ、利根川がやりたいんならしょうがないよね」



そう言って立ち上がると、何やら引き出しを物色しはじめた。やけに手際よく手にしてきたそれは、見まごうことなき、いわゆるよだれ掛けとボンネットである。通常のものよりも大きいのは気のせいではない。



「お、お嬢様、まさかそれは…」

「うん、利根川が喜ぶと思って!かわいいでしょ?きっと利根川にぴったりだと思うよ」

「それだけは、それだけはご勘弁願いたい…!」

「やりたくないの?」

「はぁ、なんと言いますかその、さすがにそれは色々な意味で許されないといいますか…」

「やりたくないならいいんだけどさ、うん」

「あぁ、それはありがたい」

「さすがにお父様も利根川のことはクビにしないと思うけどさ、心象ってもんがあると思うんだ」



そう言っている間に、みるみるうちにお嬢様の目に涙が溜まる。お嬢様が泣けば、部屋の外から例の黒服共が飛び込んでくる。そのときに私がどう弁解した所で無駄なのは火を見るより明らかだ。この甘ったれた小娘の頬を一思いに打てたらどんなに気持ちが良いだろうか。だが、今の私にそのような選択肢はない。私に残された選択肢は、この涙が溢れて耳障りな哭声が口から発っせられる前に赤子の役を受け入れることだけだ。



「お嬢様、どうかここは穏便に…」

「本当はやりたいんだよね?」

「や…やらせていただきましょう」

「んー、やりたいなら照れなくていいのに!うん、やっぱり似合うよ、かわいいかわいい」



早業で先程取り出したものを私に装着すると、笑いを必死に堪えながらと言った風にかわいいとの評価を下してきた。あぁ、その通りだ、どう見ても笑うしかない。このような不気味なものを見て一体どこが楽しいと言うのだ。このクソガキはどこまで人を馬鹿にすれば気が済むというのだ!














暴走/列車

(ママはちょっとご用があるから、いい子で待っててね、幸雄ちゃん)


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