家に着く頃には、なまえはすでに眠っていた。俺が抱いて部屋まで連れていっても起きなかったんだから、かなりぐっすり眠っていたみたいだ。起こすのもかわいそうだと思ってそのままベッドに寝かせて、なんだか寝る気にならなかった俺はベッドの横に椅子を運び、なまえの寝顔を眺めていた。

それが、一番新しい記憶だ。どうやら俺はそこで寝てしまったらしい。

夢を見た。なまえが3歳ぐらいのときの、なまえが俺の世界の住人になったきっかけの話だ。









当時俺は小学校の高学年で、俺を兵藤和也そのものとして見てくれる人間はこの世にいないと思っていた。いるのは大金持ちの息子で、あの兵藤和尊の1人息子だと機嫌を伺い、媚びへつらう馬鹿だった。「自分のことを母親だと思っていい」と言う何人もの資産目当ての親父の愛人も、なまえが来てからと言うもののぱったりといなくなった。なまえにしても、そんな俺の唯一の尊厳である「兵藤和尊の1人息子」という立場を危うくする邪魔者だと思っていた。

汚い笑顔で擦り寄ってくる自称「友達」と遊ぶのにも飽き飽きしていた俺はある日、庭の芝生をむしっていた。慌てて飛び出して来た虫を全て潰し、いかに手を汚さずに根まで抜くかがその時の目標だ。

20分ほどやっていただろうか。世話係に連れられて幸せそうにキャッキャと笑っているなまえが、庭に来たのだ。庭なんて他にも場所はたくさんあるんだから、別の場所に行ってほしかった。文句を言おうとそっちを見ると、本当に幸せそうに笑っているなまえが目に入った。何も知らないで、馬鹿なやつだと思った。

だが、同時にうらやましいと思ったのだ。理由は自分でもわからなかった。お兄ちゃまにごあいさつなさい、と促されているなまえと目が合ったが、なんだか自分がとても惨めな気がしてまた草を抜くことにした。

なまえが近づいてきた。だが俺は黙々と草を抜き続ける。



「おにいちゃま」



声をかけてきても無視だ。顔だって上げない。するとなまえはしゃがんで俺の顔を覗き込んで、こう言ったのだ。



「おにいちゃま、泣かないで?」



俺は驚いた。泣いてなんかいない。むしろ、怒ったような無表情のような、不機嫌な顔をしていたはずだ。なのになまえは俺の心を見透かしたようなことを言ってきた。



「泣いちゃだめだよ、いたいのとんでけする?」



今度は不器用に俺の頭を撫でながら言った。今まで周りに、こんなことをしてきたやつはいなかったし、心を見透かされたようなこともなかった。初めての経験にどうしたらいいかわからなくなった俺は立ち上がり、なまえから逃げるように歩きだした。



「着いてくるなよ」

「どこにいくの?」

「着いてくるなってば」









この日からだ。なまえは俺のあとを着いてくるようになったのは。最初はうざったかった。だが、なまえは俺のことを打算なんてなしに心から、全身で求めてくれた。そんなやつは他には誰もいない。

そんななまえを俺はいつの間にかかわいいと思うようになっていたし、愛情のようなものも湧いていた。とにかくなまえは、凍てつく俺の心を溶かす唯一の人間であり、俺の世界の唯一の住人となったのだ。

そんななまえが俺を避けることになり、あまつさえ豚と呼ぶようになるなんて思いもしなかった。原因はわからないが、多分成長の過程で来るらしい「お父さん嫌い」ってやつが俺に来たんだと思う。









ドアをノックするのは誰だ?

(女の子の成長ってのは早いんだなぁ…)



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