目を開けたらそこは時代劇でよく見るような風景で、まるで私がタイムスリップでもしたかのような光景。眩しい日差しを浴びて横たわる私の横には、同じクラスのサブローくんが強面のお兄さん方を引き連れて立っていた。「よっす」じゃねぇよ、なにがよっすだよこの状況どういうことなんでしょうか。勢い良く起き上がる私に周りのお兄さん方はこの世のものではないものを見るかのように恐れおののき後ろに下がる、おおおとおどろおどろしながら感嘆の声をあげていた。そんな大層な者でもないですし、ただの女子高生ですし。スカートについた砂ぼこりを叩き落とし辺りを見渡す、うんやっぱりここは現代の日本ではないっぽいね。そんなの何と無く察しがついていた、分かっていた。あぁ、喉渇いたなぁ。




「と言うわけなのですよ、池田さん」
「全く分からぬ、訳が分からぬ」
「だから、こう、この時代とは別の時代から舞い降りたわけでして」
「毎度その説明をされるのだが、それがしには理解出来ますまい。すみませぬ、ふぁみり殿」

 やっぱり駄目か、私は深くため息を吐き肩を落とす。地面に描かれた下手くそな絵を足でぐしゃぐしゃにした、一番理解してくれそうな池田さんでも駄目なんだ。私たちのことを分かってなんてくれるはずない、新時代から来ましたなんて言っても信じてくれるはずもないんだ。ただ池田さんは真剣に私の話を聞いてくれたし、理解してくれようとはしているみたいでなんて優しい人なんだろうと毎度のことながら思う。むしろ歴史上にこんな人物がいたんだ、と感動ものだ。気を落とさずに、と肩に手を置く池田さんは苦い笑みを浮かべる。ありがとうございます、私は小さな声で同じように苦い笑みを返すしかできなかった。それでは、と私に背を向けて歩いて行く池田さんの背中を見ているだけの私にはどうやって現代に戻れば良いのかとかそういう考えが全く思い浮かばなかった。
 サブローくんもとい織田信長の元に身を寄せてからというもの、私の身の安全は完璧ではないものの保証されている。女ということもあり重宝されているようだ、ただ嫁ぐとかそういうのはなく屋敷で大人しく過ごす日々が多い。文字を学んでみたり弓を引いてみたり、帰蝶殿とお茶をしたりお話をしたり、案外悠々自適に暮らしている。ただ、たまあに、現代の食べ物や日常的な物が恋しくなる時がある。チョコレートだとか、お布団だとか思い浮かべれば切りが無いのだ。私は歴史上の人物となって生きているわけではなく、この世界でもふぁみりふぁすととして生きているのであって、この世界にはもともと存在しない人物なのだからいつ消えてもおかしくない。そう考えたことなんて今までに何度だってある、そういう時はおかしいもので現代の物を恋しいなど思わない。気分屋な自分の性格は本当に面倒くさいな、サブローくんのような性格になってみたいよ。ミンミンと蝉が鳴く季節、鬱陶しいそして、

「うるさーい!」
「ど、どうなされたふぁみり殿」
「あれ池田さん、さっきあちらに歩いて行ったのでは」
「ちと、用事を思い出したのでござりまする」
「ソーダが飲みたい」
「そーだ?」

今のは失言だったかな、ソーダなんてこの時代の人が知っているわけない。もう思いきり頭の上にはてなマークが浮かび上がっている、殿といいふぁみり殿といい不可思議な言葉ばかり使いまするな、と怪訝そうな顔で見られてしまった。そりりゃそうさ、私たちもっと便利な時代から来たんだから。真剣にソーダのことを考えている池田さん、こうやった姿を見ていると本当に真面目な人なのだなあと思うわけで。そういえば、私がこっちに舞い降りた時に持っていたカバンの中にジュースが入っていたかも。そうと分かれば話は早い、重い着物をたくし上げ(この時点で池田さんは大きな声を荒げていたけれど気にしない)少し行って来ますと告げて廊下を猛ダッシュした。途中家臣の人や女中の人とぶつかりそうになりながらも自分に与えられた部屋へと行けばカバンの中にはあった、まだ未開封であるソーダが。それを持ってまた来た道を戻る、先ほどはすみませんと謝りながら急ぎ足で歩くと律儀にも元いた場所で待っていてくれた池田さんに頭を下げる。「急にどうなされたのですか、女人が着物をたくし上げ歩くなど、み、見たことがありませぬぞ」なんで最後の方語尾が濁ってるの、わけが分からぬ。袖に隠しておいたソーダの入ったペットボトルを見せれば、うおおおと驚いて後ろに下がる池田さん。やっぱり初めはこんな反応なんだよね、得体の知れない物体だものね。ゆっくりと少しずつ近づいてくる池田さん、怖がりすぎだし。そっとペットボトルの中身を覗く池田さんの顔は私の方から見るとソーダ水の中で歪んで見えた、それは向こう側も同じようではにかむ顔が映った。流石、蓋を開けていないペットボトルだけあって炭酸は抜けていないようだ。あのしゅわしゅわ感は健在のようである、ペットボトルの中を気泡がぷかぷかと浮かんでは弾けては消えた。この暑さだからあまり美味しくはない、だろうな。けれど太陽に照らされたソーダ水はピカピカと光り輝いている、ごくりと喉が鳴った。不思議そうにずっと眺めている池田さんにも少し飲ませてあげたいな、反応が面白そうだけど。戦国時代の人は炭酸なんて飲んだことないだろうし、これも良い機会だろう。固く閉まっている蓋を開けた、プシュッと空気の抜ける音と共にその場で飛び跳ねる池田さん。思わず笑ってしまった、飛び跳ねた池田さんがあまりにも可愛かったから。

「どうぞ、飲んでみてください」
「これを、飲めと」
「美味しいですよ、ささ口をそのまま付けていいですから」
「な、口の中が痺れるように痛いですな。けれど、そーだは甘く美味しゅうございまする」
「夏に、飲みたくなるんですよ」
「それがしからふぁみり殿にこれを差し上げましょう」

 手渡されたのは、綺麗な紙に包まれた金平糖だった。この時代にも金平糖があったのか、思えば懐かしい形に顔も緩んでしまった。高級な物ですので、殿や他の者には内緒でござりますよ。小さな声で耳打ちをする池田さん、どうしてこんなに優しくしてくれるのだろうか。私にこんなことしてくれなくても良いのに、得体の知れない見知らぬ女なのだから。「先ほどは気を落とされていましたゆえ」口ごもりながらも聞こえた言葉、そんなことを彼は気にしていたのか。別に私のことなんてどうでも良いのに、ふと思い出したのは現代のこと。自転車こいで高校通って適当に勉強して試験受けて補習受けて、また自転車こいで友達と帰りに寄り道して家に帰ってお風呂入ってお母さんの作った夕飯食べてお布団入って寝て目覚ましで朝起きて。そんな生活今までは嫌だと思っていたし当たり前だと思っていた、離れちゃうと分かるってこういうことなんだなって。友達にも会いたいし親にも会いたい、筈なのに。持っていたソーダを一気飲みして、今まで飲んだどのソーダよりも美味しかったけど、苦しくなって、なんか知らんけど涙が出てきた。

「ど、なにを泣いておられる。どうなされた」

慌てたように私の顔を覗き込む池田さん。ほら、やっぱり私。そんなの何と無く察しがついていた、分かっていた。あぁ、帰りたくないなぁ。優しい池田さんを、好きになったみたい。


土曜日

 深い
ソーダ水
のな か

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