あたしは強い炭酸の入った薄緑色の缶を大きく煽った。ごくりごくりと飲み込んでいく時の、ひんやりと喉が泡立つような感覚が好きだ。しゅわー。この擬音を考えた人は天才だと思う。




ごつんと強めの音を立てて木製のテーブルに半分くらい中身の減った缶を置く。テーブルを囲うように四方にいくつもの布団が連なっていて、その数メートル先にはしゅんしゅんと煙をあげるストーブがあった。ここまでくればもうおわかりだろうか。そう、今は冬。そしてテーブルは冬のお友達であるこたつだ。かくいうあたしも、ヒートテックを数枚重ねた上に厚手のセーター。さらにその上からはんてんを着るという荒技にでている。おかげで腕は上がらないし、着膨れしてまんまるのダルマみたいになってしまった。でも暖かいからいいのだ。見た目より暖かさのほうが大切。これ絶対。



こうでもしないと秋田の冬は乗り越えられない。




「福井ー、みかんとってー」



「お前サイダー飲んだ後にみかん食うのかよ……てか、くそさみい冬にサイダーとか正気か」



「うっさいな、あたしの勝手でしょ……いいからみかん!! 」




あたしと同じようにこたつにのびのびと足を伸ばし、参考書を読みながら暖をとっていた福井は、あからさまにめんどくさような顔をしながら、ごろんと体を横にして必死に部屋の隅にあるみかんに手を伸ばしていた。オットセイみたいな姿に思わず笑い声をあげると、あんまりよくない目つきできりりと睨まれたので黙っておく。



まあでも確かに、一度おこたに入るとでたいと思わないわよね。おそるべしこたつ。背筋が凍るような寒さにふるりと体が震えた。




「おらよ 」



「ありがと。やっぱ冬はこたつにみかんだよねー 」



「あ、俺にも一つ。……つーかお前、なんであんなとこにみかん置いてたんだよ 」



「実はさー、あたしみかん食べ過ぎて、手どころか足まで黄色くなってきちゃって 、そんでこれはまずくない?ってことでちょっと避けてたの 」



「結局食ってんじゃねーか 」



「欲望には耐えられないよね 」




足はもこもこの靴下で覆われているので、みかんを剥く手をとめて先っぽが真っ黄色と化したそれをひらっと福井の目の前に差し出す。福井はそれをみて一瞬気持ち悪そうに目を細めてからはんっと鼻で笑って「カレー星人みたいだな」という謎のコメントを残した。カレー星人ってなに。




ちなみにさっきまで福井が読んでいた参考書は、さっきみかんをとったときにこたつからおっこちてしまったらしい。まあ受験生にも休息は必要だよね。あたしは無理矢理納得させて、でかけた言葉をみかんと一緒に飲み込んだ。ぷちっとした甘さが広がる。ちなみにあたしの進学先は推薦でばっちりだ。そうでもしなきゃこうして彼氏を家によんでだらだらしたりしてないと思う。まあ結果的に受験組の福井はだらだらしてるわけだけど、福井は案外成績いいからたぶん大丈夫。たぶんだけど。



「あー、こうぬくぬくしてると、顔だけぼうっとしてくるな 」



福井がみかんの白い筋をちまちま取りながらいった。そこが一番の栄養なのに。



「だから炭酸買ってきたんじゃん 」



あたしは膝の上に置いてあったビニール袋をがさごそして、今度は中身が入っている缶をどすっとこたつの上に置いた。薄緑色のデザインが神々しい……。



「俺冬に炭酸飲む奴初めてみたわ 」



「チッチッ、わかってないな。若造君は 」



熱く火照った顔と喉にすっと通る冷えた爽やかな炭酸。その心地よさといったら!!



人差し指を左右に振りながらにやりと笑うと、「俺お前より年上なんだけど 」と言われる。お前は小学生か。しかも年上って三ヶ月だけじゃん!!




気を取り直してカチンと缶を指で叩いて音を鳴らすと、福井はわるい目つきをさらに悪くして、じろっと炭酸をみて、そのあとに「バカじゃね?」みたいな目であたしをみた。お前は炭酸が嫌いなの? それともあたしが嫌いなの? できれば前者だと思いたい。




福井は飄々としながらあたしから缶を奪うと、両手で包み込んでつめてー、と漏らす。あたしはそれをみて、なんだか福井に炭酸って似合わないなと思う。ココアは似合うけどソーダーは似合わない。それは福井のユニフォームがピンクだからとか、福井の髪の毛が暖色っぽいからだとか、なんだか雰囲気が北極っぽいからとか色々あるけど、あたしはその意外性になんだか笑えてきてしまった。




「なに笑ってんだよ 」



「べっつにぃ。福井にソーダーってあわないなと思っただけで 」



「あ? 舐めてんのか 」




ギロリと睨まれた目から逃げるように食べ終わったみかんの皮を顔の前でぶらぶらとさせれば、福井はちいさく呆れたみたいにため息をついて、さらっと衝撃的な一言を発した。



「まあ俺、炭酸飲んだことないけどな 」



「マジで!? 」




あたしは思わず目を剥いた。マジだ。え、マジ?マジ。ホントに?
そんな意味のない問答を繰り返す。



福井は自分のみかんの皮と筋を綺麗に丸めて、部屋の隅っこの豚ちゃんカラーのゴミ箱にシュートしながらちょっと照れたように頬をかいた。そういえば少し暖房が暑すぎるかもしれない。




「俺生まれも育ちも秋田だからそんなに触れる機会もなかったしよ、おふくろがそういうところはやけに過保護だったから、ちっちぇころ炭酸飲ませてくんなかったんだ。だから今もそのまま 」



「あー……なるほど? 」




確かにそれはあるかもしれない。福井の言い分を聞いて確かにと納得する。
あたしは高一の時にここに引っ越してきたからそれまではぐいぐい飲んでいたわけだけど、そういえばここにきてから飲む回数が格段に減ったかも。だって夏はそこそこ暑いけど冬は馬鹿みたいに寒い秋田では、あんまり炭酸を前にして売らない。こうしてさがせばでてくるけど、自販にも入ってるとこ少ないし……。
幼少期の体験って案外大人になるまで深く刺さっていることが多いし、わざわざソーダーを探す必要のなかった福井がいままで飲んだことなかったのも、それはそうなのかもしれない。



あたしは納得して、福井と同じようにみかんの皮を投げる……と、がこっと豚ちゃんの端っこに当たって情けなく床に落ちた。しかしこたつから出たくないので放っておく。



「拾えよ、みかん 」



「やだよ寒いし……あ、てかさ、もし福井が今炭酸飲んだら人生初炭酸じゃね? 」



「お、確かに 」



「ちょっと飲んでみてよ!! ここに一本あるし……うわあ、人生初炭酸!! 」



福井くんのぉーちょっといいとこみてみたぁーい!!
お馴染みのアレを口ずさみきゃっきゃと新しいプルタブに手をかける。あたしが福井の初めて(意味深)を奪うということを考えると少し胸がきゅんとしなくもない。



福井はごくりと唾をのみこみ、さっきとは違ってそろそろと手を伸ばしていく。




「な、なあ炭酸ってどんな感じなんだ? 氷室に聞いたら、喉がダンシング!!っていってたんだけど 」



「ダンシング!?……あー、でもあながち間違えでもないかも 」



「マジ!? 」




あのしゅわしゅわ感はとらえようによっては踊ってるかも。そういう意味でひとつうなづいたら、ピタッと福井の手が止まった。ちょっと止まっちゃダメでしょ!!



「お、俺やっぱやめとこっかな…… 」



「えー、せっかく買ってきたのに 」



「で、でもほら、体悪くなったら困るし 」



「本数の少ない秋田のサイダーだったのに 」



「ダンシング……喉がダンシング…… 」



「炭酸飲んでないからちっこいんじゃないの、福井 」



「飲むわ 」




即答だった。アンタそんなに身長気にしてたの?確かに福井とよく一緒にいる岡村とか、バスケ部の劉くんとか紫原くんとか首が痛くなるほどデカいけど、別に福井は平均身長あるんだしそんな気にしなくても。でもそこは男のプライドってものなのかもしれない。あたしは黙って福井を見届ける。



「…… 」



「…… 」



「…… 」



「うし!! 行くぜ人生初炭酸!! 」



ばちこんとこたつを叩いて勢いよく立ち上がる福井。その顔は恐怖と期待でごちゃまぜの、まるでボスと戦うように凛々しく、あたしはあつくなった足をこたつからちょっとだしてそれを見送った。




福井はその勢いのままあたしのとなりにあった缶をガシッとつかみ、風呂上がりのおっさんのように腰に手を当てて、ごくごくと喉仏を上下させて勢いよく飲み干す!! あたしはその勇ましい姿に敬礼した。惚れ直したかもしれない。福井かっこいい。




最後の一滴まで残さず飲み干してしまうと、福井はからの缶をバスケのゴールにシュートするようにヒュッと豚ちゃんになげる。あたしはじわりと目から浮き出てくるなにかを拭って、全ての力を出し切ってこたつに潜り込んだ福井に、おそるおそる尋ねる。福井の顔は寒かったのか顔までこたつに突っ込んでしまったため見えない。しかし飲み終わってから今までがやたらと早かったので、もしかしたら炭酸嫌いだったのかも……。



「ふ、福井……お味は、いかがでした……? 」



「…… 」



「…… 」



「……健介さん? 」




中々返事が帰ってこない。もしかしたら炭酸がゲロマズ過ぎて喋れないのかもしれない。これはゲロ袋用意しておいたほうがいいのかと思い腰を上げると、こたつからくぐもった声が聞こえた。




「…… 」



「……あの 」



「……これ、お前のやつだった 」



「…… 」



「…… 」



「…… 」





あたしは近くにあった缶を無表情に掴んだ。それはたぷたぷと音をたて、まだ空いていないプルタブが爪に当たってガチガチと泣いた。




あたしはゆらりと立ち上がると、炭酸の缶を引っつかんでとりあえず上下にシェイクした。ちらっとこたつの影からみえた福井の顔が青くなっていたことなど知らない。ただただ、腕がきりきり悲鳴をあげるまでシェイクする。







逃げようとした福井が床に落ちたみかんの皮につまずくまで、十秒。



噴出した炭酸がこたつと参考書に勢いよく降り注ぐまで、十五秒。



高校生活最後の身体測定で福井の身長が五ミリ縮むまで、一日。


土曜日は
深い
ソーダ水のなか



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -