※現代パロ


"ファースト、おいで。こっちだよ"

"ファースト"


ひどい夢だった。目が覚めた時、涙が止まらなかった。夢なのに、やけにリアルな感触がまだ肌に残っていた。とても気分が悪い。
隣で眠る彼を起こさないように、寝室からそっと抜け出して冷蔵庫の扉を開ける。なんでもいい。何か飲みたかった。ここに私をとどめておくために。ひんやり、と冷気が頬を包むと先程の夢が思い出された。脳裏に浮かんだ夢の中の彼は、それでも穏やかな顔をしていた。冷蔵庫のお水は冷えるから止めておくことにして、ガラスコップに水道水を注ぐ。一口含むとほどよいぬるさが心地よかった。

「ファースト?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫。それより、どうしたの?また眠れない?」
「うん…ちょっと、ね。」

なんとかはぐらかしておきたいところだが、彼には敵わない。私の瞳を覗きこんでは起きがけ特有の低い声で、少し悲しそうにこう囁く。

「僕は、そんなに頼りない?」

違う、と言えば、じゃあなぜ?とにじりよる彼に私は念を押した。

「嫌いにならないでね。」
もちろん、と私を安心させるようにゆっくりと頷いて見せて彼は話を促した。やはり、彼には敵わない。


私とマルコはいわゆる同居人だ。言い方をかえれば恋人、ともなるのだが、そう呼ぶには何かが根本的に足りない気がする。どこか、お互いに浮世離れしている私達に一般的なその言葉を当てはめていいのかがわからないのだ。だからと言って、別に彼のことを異性として意識していない訳ではない。多分、それはマルコも同じだと思う。だから私達は自分達の関係に世間様でいう"同居人"の言葉を使った。なんとなくしっくりくるこの響きが私は嫌いじゃない。

この生活をはじめてから約半年が過ぎた頃、私は奇妙な夢を見るようになった。それがもう二週間前の出来事だ。未だに続くそれを最初はなんとか誤魔化せていたものの、鋭い彼が気づかないはずがない。そして、今に至る。夜中の三時を過ぎた頃だろう。リビングのソファーで二人で腰かけて私は悪夢の内容を話すのだ。嫌われませんように。マルコの言葉を信用していても、そう祈らざるを得なかった。

「あのね、私ね、」

毎回マルコが死んじゃう夢を見るの。

一番最初の夢は人の形をした、三メートルぐらいの化け物がマルコを襲う夢だった。私はマルコと同じ、軍服のようなものを着ている。そして、化け物の大きな口に飲み込まれそうになるマルコに必死で手を伸ばす。それは僅かに届かず、決まってすんでのところでマルコの半身が喰われてしまうのだ。
二回目の夢はマルコが戦争に行く夢だった。私は伝えたい想いがあるのに伝えられないもどかしさを抱えながら、本心は違うのに喜ぶふりをしてマルコを送りだすのだ。天皇陛下の為、御国の為、と叫びながら。心では行かないでと嘆いているのに。そして、マルコは骨となって帰ってくるのだ。私は誰のものともつかない白いカルシウムの塊を胸に抱いて泣くのだ。帰ってきて、と。
三回目の夢は私がマルコの首を絞める夢だった。私は泣いている。哭いているのかもしれない。痛いよ、助けてよ、と何故か私が叫ぶ。そして、私の下でおとなしく首を絞められているマルコは決まってこう言うのだ。大丈夫。大丈夫だよ。ファースト。なかないで。僕はちゃんとここにいるから。私とマルコの言っていることはちぐはぐで唯一それが夢だと教えてくれる手がかりなのに、それよりも確かに残っている手のひらの感覚が、妙に現実味を帯びていた。やわらかなマルコの皮膚に、指をそっと、確実に食い込ませる。苦しそうに跳ねる喉とは対照的な、彼のとても優しい声。耳を撫でるその声は、やはり夢とは思えない。そっと、赤子をあやすように私の頬をなぞりながら、苦しみに顔を歪めながら、それでも笑顔を浮かべてマルコは事切れる。
そして、これらの夢には共通点がある。目が覚める直前に必ずマルコの声がするのだ。こっちへおいで、と私の名を静かに呼ぶその声は、どこか懐かしい響きを持っていた。

この3つの夢を繰り返し見るのだ。繰り返し繰り返し繰り返し、何度も何度も何度も。
毎回マルコに届かない手。助けられなかった悔しさ。
言えなかった想い。言葉に出来ないジレンマ。
すべすべとした喉仏の感触。徐々に動かなくなる体。
そして、聞こえてくるマルコの声。


話終えてからそっとマルコの方を伺うと彼はやわらかな表情で私を見つめていた。


「嫌いに…なってない?」
お願い。嫌わないで
「嫌いになるわけないだろう?」

その言葉に思わず涙がこぼれた。ふぇええ、と色気のない声が出る。慌てて口を押さえるとマルコが抱きしめてくれた。

「好きなだけ、泣いていいよ。辛かったよね。」
うああああ、と大声をあげて泣く私を慈しみの目で見るマルコは本当に優しい人だと思う。考えてみれば大声をあげるのも泣くのも久々のことだった。
泣き止んでもマルコは私をだきしめたままだった。なんとなく甘えたくなった私はもっときつく、と体をすりよせ彼の胸板に顔を埋める。マルコの匂いの包まれると凄く安心するのだ。ぽんぽん、と頭を軽く叩いたマルコはお母さんみたいだ。何故か、どこか、懐かしい。
「でも、妙にリアルなの」
毎回。いつも。どの夢も。マルコの声とか表情とかセリフとか頬に残ったマルコの手の感触とか。
「そうなんだ。じゃあ、もしかしたらそれは、本当にあったことなのかもしれないね。」
えっ、と顔をあげる。鼻がくっつきそうなくらい近くにあるマルコの顔を覗きこむ。切なげに微笑む彼はやっぱり私の大好きなマルコだ。


あ、私、絶対この表情どこかで見たことある。ずっとマルコと生活しているのだからおかしな言い方かもしれないけれど、絶対に見たことがある。マルコと出会うずっとずっとずっとずーっと前に。

「私、もしかしたら、生まれてくる前からマルコのこと知ってたのかな」
「奇遇だね、ぼくもそんな気がするよ」

ふっ、と笑ったマルコはきっと全部、なにもかもわかっているのだろう。
また道に迷ったら、私をその声で導いてくれるはずだ。彼のもとへ。そしてきっとこう言うのだろう。大丈夫。僕はここにいるよ。おいで、ファースト。と。
マルコの首に回した手に目一杯力を込めると彼もきつく抱きして返してくれた。懐かしい、この感覚は一体いつから知っているのか。まだ彼が教えてくれないということは、知らない方がいいのかもしれない。
ぼんやり、重たくなってきた目蓋を必死で持ち上げながら彼の腕の中で私はこうして生きている幸せを噛み締めるのだ。


さまよう魂に、願いをこめて

今度こそは、どうか

どうか、一つに


君の宇宙で
迷子に なりたい




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