本当は、ショートカットが大好きだった。その理由の大部分は楽だから、というなんとも可愛らしくもない理由なんだけれど、それでも周りからはショート似合うねなんて言われるものだからただなんとなく中学を卒業するまでは髪を伸ばしたことなんて一度もなかった。
それに大好きなパフュームでは私はのっちが好きだ。もちろんあーちゃんもかしゆかも好きだけれども。自分が好きだなあと思う女の子は髪が短い子が多いので単純にその人たちに憧れていたというのもあったのかもしれない。
あと、これはおまけのおまけだけど、あの男が付き合う女の子がいつもショートカットだったから。まあこれは最初に言った通り、おまけのおまけの理由でしかない。だから別に、アイツを意識してのことでは断じてない。

「俺?かしゆかが好き。髪の毛長くてサラサラで綺麗だし」



風が吹けば髪の毛が大きく揺れる。
高校の入学式に撮った今より少し幼い顔をしている写真の私はあまちゃんで主役を演じたあの子のような髪型をしているけれど、一昨日友達と撮った、不自然なほど目が大きく写るプリクラの私はいつぞやのドラマで見事に干物女を演じきったはるかちゃんのような髪型をしていた。
髪の毛を伸ばしてみようと思った理由は中学を卒業するときたまたまアイツがかしゆかの髪の毛が長くて好きだと言っていたことが聞こえたからではない。だから別に、アイツを意識してのことでは断じてない。
自分を少し変えてみようという、いわゆるささやかな高校デビューというやつだ。
だからもう一度言っておくが、アイツを意識してのことでは断じてない。

「ファーストちゃんってさ髪の毛綺麗だよね」

冬らしい冷たい風に揺られ、少しひんやりとした私の髪の毛の束を手に取って及川は笑った。憎たらしいほどに男女隔てなく人気があるこの男はなにかと私の髪の毛を触ることを気に入っている。
それは休憩時間だったり、今みたいな下校時間だったり。
甘いマスクで平然とこういうスキンシップをやってのけるから、大多数の女子は期待をするだろうしときめいてしまうんだろう。毎度ながら、罪な男だと思う。

「それ、及川から聞き飽きた」
「だって俺ファーストちゃんの髪の毛好きだもん」
「やっぱり及川もロングヘアが好きな類の男か」
「え、なにそれ」

私の言葉を聞いて、及川はきょとんととぼけた顔を作った。なんだその、下げ眉で小動物のような愛らしさを持つ人気アイドルグループでセンターを務めた彼女にも負けず劣らずの可愛い顔は。
いつもいつもあまりにも無意識に可愛い顔を作る及川が腹立たしくなったので、つるつるすべすべの頬を両手で引っ張ってやった。痛い痛いと嫌がる様も、なんともまあ可愛らしい。そして腹が立つ。岩泉がいつもボールをぶち当てる気持ちも分からないでもない。

「え、なに、ファーストちゃんはもしかしてあれなの?好きな人がロングヘアが好きだから伸ばしてんの?」
「別にそんなんじゃないし」
「えー俺とファーストちゃんの仲じゃん、教えてよ。恋バナしようよ!」

先日彼女にフラれたと喚いていた男と一体何の恋バナをするというのだ。
第一、私が髪を伸ばしている理由を恋愛と結びつけるのは止めて欲しい。単なる、イメチェンにしか過ぎないし、話すほどのことは何もない。
こんな男置いてもう帰ろう。そう思って、机の横に置いていた鞄に手を伸ばした。けれどその手は鞄の持ち手を掴む前に、止まってしまう。及川の言葉によって。

「だってマッキーが中学の時はファーストちゃんずっとショートだって言ってたし写真も見せてもらったから伸ばしてる理由気になるじゃん」

正確に言えば、及川の言葉の中にアイツの名前が含まれていたから、私の手は元あった場所へと引っ込んでいった。

「花巻、私のこと何か言ってたの」
「・・・・・・だから俺、恋バナしよって言ったじゃん」

にんまりと。ディズニー映画に出てくる猫のように及川は目も口も意地悪くひん曲げた。この顔は大抵、何かを握っている時に見せる顔だ。岩泉に好きな人が出来た時によく見せていた気がする。ちょっと待って、何が言いたいのだ。

「ファーストちゃんさ、マッキーのこと、」
「及川ストップ」

嬉しそうに三日月を描いていた口は、大きな手によって塞がれた。どちらかと言えば白めですらりと指が長いその手の持ち主の唇は及川と同じようににんまりとひん曲がっていたけれど。
ぱちぱちと大きな瞳を数回開け閉じした後、及川は自分の口を塞いだ男の手を払いのけ、ソイツの名を呼んだ。

「マッキー、俺とファーストちゃんの邪魔しないでよー」
「だってその続きはファミリの口から聞きたいし。どちらかと言えば、今この時点で及川の方が邪魔デショ」

昔から、アイツが、花巻貴大が何を考えているか私にはさっぱり分からなかった。同い年の男の子の中でも、一人だけ、何故か雰囲気が違って見えた。子どもっぽいと言われる同級生の中でいつも花巻だけは大人っぽいと言われていたからかもしれないが。
だから今もこうして、ひらひらと及川に手を振った後に私の鞄を手に持って、教室から私を連れ出している花巻の行動が、さっぱり意味が分からない。
そもそも、一体いつから、私たちの話を聞いていたというのだ。

「ちょ、ちょっと花巻・・・っ」
「ん?」

さも当然と言った、なんでもないような顔をして私の指を絡め取って、いわゆる恋人繋ぎをしている花巻の手を振り解こうとすれば、軽く握られていただけだった手がぎゅうっと力強く握られた。
冷たい空気の中だと繋がれた体温がより一層、温かく感じ、意識をせずにはいられない。温かいから意識をするだけであって、相手が花巻だから胸が苦しいとか、そういう訳では断じて、ない。

「ん?じゃなくて、手、離してよ」
「なんで?」
「なんでって・・・!」

私が聞きたい。思わず声が荒くなりそうだった。けれど、急に目の前が制服色に染まって、声を出すタイミングを完全に逃した。右手は花巻の左手に繋がれたままで、私の左手は急に体が傾いた衝撃に耐える為に花巻の胸元に添えられていて、それで花巻の右手は私の後頭部に添えられていた。
さっきまで及川がしていたように、花巻は私の髪の毛の束を手に取った。

「及川は触っていいのに、俺は駄目なわけ?」
「っ、花巻が何が言いたいかも、何考えてるのかも分かんないんだけど!」

花巻のふっくらとした唇が私の額に触れて、息が止まる。

「俺が何考えてるか分かんなかったら、ファミリは俺のことばっか考えてくれるデショ?」


君 の
宇 宙
で 
迷 子

な り
た い



心臓が、どきどきと壊れそうなくらい煩いことも、顔が火を噴くんじゃないかってくらい熱く感じるもの、花巻の言葉の真意を都合の良いように期待してしまっているからでは、断じて、ない。
だってそうだとしたら、この男は最初から何もかも理解した上でこの長い付き合いを演じてきたことになるのだから。たとえば、ほら。一か月続くか続かないかくらいで別れるくせにやたらと彼女を作って私に報告してきたりだとか、髪が長い子が好きだと言った瞬間ちらりと私を見たことだとか、色恋沙汰が好きな及川にそれとなくそんなことを匂わせる話をしていたことだとかも、全部全部、私の反応を見る為だったのだとしたら。

「花巻、性格悪すぎ・・・・っ」
「でも嫌いじゃないよね」

一度額に触れた唇は、ゆっくりと瞼に触れた。その衝動に反射的に目を瞑れば、今度は唇が重なった。
目を開けた瞬間、私の視界は花巻で埋め尽くされていた。

「どうせ、今日、俺に告白するつもりだったデショ」
「は、なんで・・・・!?」
「俺と仲が良い松川に相談したらそりゃあ俺のこと良く知れるかもしれないけどさ、情報が筒抜けになる可能性くらい考えれば分かるじゃん」


「誕生日に告白とか、相変わらず可愛いこと考えるよね」


そう言って笑った花巻は心底嬉しそうで、悔しいくらいにきれいな顔をしていた。けれど中学二年生の時から五年間片思いしてきたのはこの顔が好きだからという訳では断じてない。

「バカ巻、うざい」
「ほら、早くしてよ。俺だって散々待ってたんだから」
「――っっ」

まるで宇宙のような、私では理解しきれないこの男に、好きだと伝えればどんな顔をしてくれるのだろうか。
顔ももちろんタイプだけれど、それだけじゃなくて、花巻貴大という存在が愛しくてたまらない。

自分でも驚くくらい小さな声で好きだと呟けば、もう一度花巻の顔がゆっくりと近付いてきたので目を閉じた。別にそうやって目を閉じたのは、花巻からのキスを期待したからでは、断じて、ない。


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