この世に生を受けた日にちが一緒で、そして住処となった家がたまたま隣。たったそれだけの理由で、わたしは彼の幼馴染というポジションを会得した。そして幼馴染、ただそれだけの関係性で、わたしは彼の隣に立つことを許されている。

彼は、完璧であった。
中学生の頃につけられた二つ名「怪童」は彼以外に相応しくないと、まだろくに世間も知らない歳ながらもそう感じたことは今でもハッキリと覚えている。
最初は怪童、その言葉の意味が分からなかったし漢字も書けなかった。親に漢字を教えてもらった時は妖怪の「怪」の字がついているものだから、彼は化け物と呼ばれているのかと勘違いをしてしまった。分厚い辞典を開いてみればそこには「並外れて力があり、体の大きい子供」と書いてあり、彼が人外のものと呼ばれているわけではないことが分かったときはひどく安心もした。
体が大きな子は、もちろん彼以外にも存在していた。力持ちの子だって。けれど、並外れた、という表現が似合うのはやはり彼しかいなかったのだ。今だって、そうだ。
そしてその生まれ持ったものを彼は無駄にすることなく丹念に磨き上げる。

だから、彼は完璧、なのだ。



「白鳥沢のマネージャーさん、今日はウシワカと一緒じゃないんだね」
「・・いつも若利と一緒っていうわけじゃないですから」
「ふぅん」

てっきりウシワカのお付きのものか金魚の糞かと思ってたよ、なあんてね、と意地悪く唇を歪めた目の前の男のことは、よく知っている。若利こそ生まれたときからの付き合いがあるけれど、この男、及川徹とももうかれこれ顔を合わせて六年目となるのだから。

「珍しいですね。若利じゃなくて、わたしに声をかけるだなんて」

及川徹は、県内でも数少ない若利が実力を認めた男であった。黄色い声援を浴びていつもへらへらしているその裏側を、若利の前では惜しむことなく見せる及川徹の姿を、羨ましいと思うようになったのはいつ頃からだっただろうか。
そして、この男が心底苦手だと思うようになったのは、いつ頃からなんだろう。

「そ?まぁいっつもウシワカといるしそれにその顔に及川徹は苦手であるって書いてあるとさ、声かけづらいに決まってんじゃん。俺はお前にずっと訊きたいことがあったのに」

人を見透かすような、あの茶色い瞳も苦手だった。にんまりと顔は笑っているのに、少しも雰囲気は優しくも温かくもない。苦手意識を持った時期は覚えていないが、何故及川徹が苦手なのか、そんなことはわたし自身が誰よりも理解している。

「お前、なんでウシワカとずっと一緒にいんの?苦しくない?」

及川徹を苦手な理由、それはいわゆる同族嫌悪。そして嫉妬、である。

笑うのを止めて、及川徹はただ黙ってわたしを見下ろした。自分の言葉を吐きだす前に本心を見透かされてしまいそうで思わず目を逸らしてしまう。わたしが、若利と一緒にいる理由を知りたがるのは、疑問に思うのは、昔から及川徹だけであった。

「別に、理由なんて要りますか」
「俺と同じように、ウシワカのことを羨ましくも妬ましくも思ってるデショ?俺はウシワカを叩きのめすことを選んだ。けどお前は、アイツと並んで歩くために努力をしてさ。その姿が健気だな〜って思って。まさかあの堅物が好き、とかじゃあないよねぇ」

中学生最後の公式戦の時も、及川徹はわたしに何でお前も白鳥沢行くの、なんて口を開いたことがあった。その言葉は若利は推薦でバレーをしに行くのにお前は必死に受験勉強をして何故わざわざそこに行くのかとわたしの脳内で上手に変換された。
わたしは及川徹が羨ましかった。若利に対等に見てもらえて。その存在を認識されていて。及川徹よりも前から隣に立っているはずのわたしよりもずっと若利の目に入っているような気がして、苦しかった。

「え、ちょっなんで泣くの、」

若利はかなりの現実主義者だ。一つずつ同じ日に二人で歳を重ねるごとに、もう幼馴染という理由だけで傍にいられる訳ではないことをわたしの頭は理解していた。だから、若利に必要とされる人間になれるよう勉強をした。
若利は努力を惜しまない。だからわたしも惜しんでいる暇はなかった。
けれどどれだけ努力しようとわたしが若利に追いつけるわけもないし、必要とされることもなかった。監督や他のチームメイトは有能なマネージャーだと褒めてくれたことはあったけれど、若利にとってはわたしはただただ目の前の仕事をこなすマネージャー程度でしかないのだ。

完璧な若利と一緒にいたいと思えば思うほど、努力をすればするほど、それが無駄な努力であるような気がして、息が苦しくなる夜が何度もあった。
平凡な人間はどこまでいっても平凡でしかない。そのことをことごとく、もう数えきれないほど思い知らされてきた。
及川徹が苦しくないのか、と問いたいのはそのことだろう。及川徹は及川徹で立ちはだかる牛島若利という壁に苦しんでいるからこそ、牛島若利をわたしと同じく意識しているからこその疑問であるのだ。

わたしは及川徹のように若利を敵対視しているわけではないし、好きだとか嫌いだとか、そんな次元のレベルで彼を意識しているのではない。
牛島若利という一人の人間は、生まれたときからまるで神様のように特別だったのだ。そしてわたしは神様に愛されたくて仕方がない平凡な人間なのだ。


「堅物、の、何が、いけないんですか、」
「・・・・・・趣味悪いね、お前」
「何の話だ」

及川徹がわたしの涙を拭くより早く、わたしが彼の名前を呼ぶより早く、若利は颯爽と現れてはわたしの腕を引いた。ウシワカ様の登場ですか、と皮肉たっぷりに笑う及川徹に若利は余裕がある内に無駄口を叩いておけといつものトーンで声をかけ、そのまま背中を向けた。

「ファースト、なんで泣いている」

大きな掌でわたしの腕を掴んだまま、若利はわたしの斜め前を歩く。向けられた言葉はぶっきらぼうで、それでもそうして声をかけてくれることが若利の優しさだとわたしは知っているから、言葉が詰まった。

「若利、わたし、まだ頑張れるよ」
「・・・及川に何を言われた」
「ううん、何も」

あと一年もない高校生活を終えるとき、まだわたしは若利の隣を歩いていられるだろうか。及川徹はきっとこれからも若利の目の前に立つだろう、何度だって。

「監督がお前を探していた」
「ん。ごめんね」
「・・及川に何を言われたか知らないが、何も気にすることはない」


彼は、完璧である。
そして、特別である。

神様に愛される女の子はわたしではないかもしれない。結局は無駄な努力だったのだと思い知らされる日が来るのは明日かもしれないし数年後かもしれないし、もしかするとそんな日は来ないのかもしれない。
わたしを生かすも殺すも目の前にいる牛島若利のみが選択することができる。

「若利、今日も勝ってね。応援してる」
「当たり前だ」

幸せになれるのならその逞しい腕で抱き締めて欲しい。終わりが来るならその掌で突き落としてほしい。
若利のいない世界を知らないわたしはいつか神様に見離されるその瞬間まで恋焦がれて足掻いていくのだ。












人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -