日本の夏はどうしてこんなにもジメジメと湿気が多いのだろう。おかげで目覚めてすぐにバスルームにむかうはめになった。イタリアにいたころは寝覚めにこんな嫌な汗をかくことなんかなかったのに。脱いだシャツはしっかり汗を吸って湿りをおびていたので、洗濯カゴに投げつけておいた。そもそも、こんなにも暑いのにどうして日本人は服なんか着て寝るんだ。べつに個人の勝手だが、それを俺にまで押し付けるのはやめてほしい。

シャワーをあびてリビングに戻ると、彼女がなにやら細い針のようなものを自分のまぶたに突き刺していた。

「……なにしてるんだ、おまえ」
「あれ、イルーゾォおはようー。起きてたんだねー」
「失明したいのなら力を貸すけど」
「ちょ、ちょっとこわいこと言わないでよ」
「ちがうのか?じゃあなにしてるんだ」
「これはねー、二重をつくってるの」

そう言って、突き刺さった針のようなものを抜いた右目のまぶたは、たしかに一本の弧がくっきりとできあがっていた。

「へえ、上手いもんだ。二重ってつくれるんだな」
「イタリアの女の子はアイプチしないの?」
「さぁ、知らない。というか、そんなことする暇があるなら朝ごはん食べていけよ……」
「なに言ってんの!こっちのほうが大事に決まってるでしょ!これをするのとしないのとで目の大きさが全然ちがうんだからね!」

はいはい。力説する彼女の前を通り過ぎて、トースターに食パンをセットする。マーマレードジャムはあっただろうか。すっかり使い慣れた戸棚を開けると、マーマレードジャムのかわりに新品のイチゴジャムが置かれていた。仕方ないのでこれをぬることにする。
日本の女子高校生は大変だ。朝早くに起きて、勉強勉強勉強で、短いランチタイムが終ればまた勉強。シエスタする時間はないし、お洒落をしすぎると学校の先生に怒られてしまう。だから彼女も二重は作っているが、メイクはしない。いかにナチュラルに盛るか、は女子高校生の永遠の課題なのだそうだ。俺は彼女が化粧をすると凛とした美人になることも、一重まぶたのままの愛らしい顔立ちも知っているから実はすこし残念だったりする。

「学校の友達にね、彼氏は年上のイタリア人なんだよって言ったらすっごく羨ましがられたの」
「ふうん」
「でも、イタリア人なら浮気しそうだねって言われちゃった」
「そりゃあお前より可愛い子がいたらな」
「う、うわあ……」
「いたら、な」

そんな女の子見たことないけど。そう言って頭を撫でてやると彼女は顔を赤くしてうつむいたまま、喋らなくなってしまった。遅刻するぞと背中を押してやると彼女は火がついたようにかばんを持って玄関へとかけて行く。いってらっしゃい。波がひいたように静かになった部屋にトースターの音が鳴り響いた。あつあつのトーストをとりだし、イチゴジャムをたっぷりとぬってから口にふくんだ。吐きそうなほどあまい。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -