もしかしたら死んでしまったんじゃないかと思ってしまうほどながい時間、彼は海中にもぐっていた。しんと静まった夜の海辺で、もういちど彼の名前を呼んだとき、引き上げられたかのようにおおきな水しぶきをあげて彼は海から顔をだす。ずいぶんとながい間息をしていなかったはずなのに、彼の血色はいつもと変わらない。ほっとしたのと同時に、おそろしくなる。ときどき、わたしは彼のとなりにいることがどうしようもなくこわくなる。たとえば、さっきみたいな、大袈裟かもしれないけれど、人間としての造りがちがうことを思い知らされるときとか。わたしの心臓は縮こまって、息をするのも苦しくなる。
「 ほらよ 」
彼から手渡された、一度は波にさらわれてしまったペンダントを握りしめて、わたしはなんども彼に頭をさげた。このペンダントは大好きだった祖母の唯一のかたみで、波にさらわれるなんてドジをしてなくすなんてこと、あってはならない代物なのだ。
「 あの、ありがとう、承太郎。もしわたしひとりだったら、きっとあきらめちゃってた…… 」
ぽとぽとと水滴が落ちて色のついた砂浜を、ゆるやかな波がやってきては真っ白に戻していく。なんども、なんども。水面にくっきりと浮かんだ月は夜の海を黄金色に染めあげていた。額縁に飾られた絵画のように幻想的な色をしている。承太郎は、まるで絵のなかの人みたいだ。
「 海中が、綺麗だった 」
「 わたし泳げないよ 」
これ以上、手をひっぱらないで。
「 俺がいる 」
その日、わたしははじめて海のなかへと入っていった。彼が海にかえるとき、わたしもつれていってもらえるように。こんどこそ、ふたりで一緒に。




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