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どこもかしこも境目がなくなってしまう雪景色は好きだけれど、冬の夜はしずかでまっくらで、なんだかさびしそう。しばらく空き部屋となっていた隣の部屋にあたらしい隣人がくるらしい。マンションの前に引っ越し業者のトラックがとまっている。大家さんによるとそのあたらしい隣人はわたしと同い年の男の子で、外国人なのだそう。日のひかりも透き通るような、美しい金色の髪が特徴的であったと言っていた。
「 はじめまして、ということにしておきましょうか。はじめまして 」
郵便受けに乱雑にはさまったチラシを薔薇に変えて、彼は言った。それはあまりにも一瞬の出来事で、おどろく暇さえもなかった。彼はひかえめに微笑み、その薔薇を彼の金色とは対照的なわたしの黒髪にさしてみせた。棘はなかった。彼は、きっと魔法つかいだ。うつくしい顔立ちに、白い肌。青い瞳。むかしに見た映画にでてきた魔法つかいのイメージにぴったりと一致する。
「 今日からお世話になります 」
魔法つかいは、その名を、ジョルノ・ジョバァーナと言った。



ジョルノくんはわたしと会うたび薔薇の花をわたしの髪にさした。わたしは最初こそ戸惑っていたが、彼がイタリア人なのだということを大家さんから聞いてなるほどと納得をした。イタリア人男性は女性が大好きで、見知らぬ他人相手でもすれ違いざまに口説くのだという。きっと、彼からしてみればわたしもその程度の他人にすぎないのだろう。それでも、世間一般的には間違いなく美形の部類に入るであろう彼から薔薇の花を贈られるということについて、悪い気はしなかった。むしろ、今日は魔法をつかってなにを薔薇に変えてくれるのだろうと楽しみにさえしていた。はじめて会ったあの日は郵便受けにあったチラシ。そのつぎはティシュ。手頃なものがないからと言って、胸にあるてんとう虫がモチーフのブローチを薔薇に変えようとしたこともあったがそのときばかりはさすがに申し訳ないので、薔薇をにぎる彼の手ごと、そっと胸元に返してあげた。
「 どうしてもらってくれないんです 」
「 わたし、ジョルノくんに会うたびに薔薇をもらってるの。うん、いつももらってばかりなの。だから、そういうの、だめかなあって 」
「 なにが駄目なのかわからない 」
「 だってわたしは、あなたになんにもあげていないのに。わたしばかりがもらうなんて、へんでしょ? 」
「 あぁ、なんだ、そんなこと。それなら、そう。えぇ、そうですね。これからしてください。僕が、あなたに、薔薇を贈りたくなるくらいのことを 」
不思議な男の子だと思う。話すときは決まってゆっくりと静かに、言葉をえらんでいるように見えるのにそれを理解することはとてもむずかしかった。
「 そうと決まれば、ほら、行きましょう。僕があなたに薔薇を贈るにふさわしい贈り物を見つけに 」





それからはみょうにばたばたとした生活をしていた。いままで亀が歩くようなスピードで、気ままにゆるゆると過ごしていたわたしの毎日がめまぐるしく変化する。まずは、部屋にもどって3日分の着替えの準備をさせられた。彼は押し入れの奥の方からもう随分とつかっていない小さめのトランクを引っ張り出してきて、それをつめこんだ。それから今度はわたしが小旅行に必要と思うものをぜんぶもってこいと言った。なにがなんだなわからず、ただ彼の言われるままに私物を部屋の中心によせて、そこでようやくわたしは気づく。何故、出会って間もない男の言いなりになっているんだ。そもそも彼は、どうやってわたしの部屋に入ったのだったか。思い出せない。気づけばなにもかもが、後の祭りだった。
「 婚前旅行ですよ 」
「 え、だ、だれの 」
「 ぼくと、…… 」
それから彼はハッとしたように目を見開き、色素の薄い肌をピンク色に染めて咳ばらいをした。
「 ……その、あなたと 」
ピンクは真っ赤になって、それでもわたしとは目を逸らそうとはしなかった。照れているようだった。クールな彼に似合わず、必死なようだった。わたしはなんどもまばたきをして、彼の顔をみつめた。当然のことながら、結婚の約束なんてしていない。情熱的な視線をおくる彼に負けて、ふいと目をそらしてしまう。すると今度は彼がまばたきをする番だった。
「 まさか、覚えてない……? 」
静かにゆっくりと聞こえた声に、ゾッとした。それはさっきまでの照れて何処か浮き足立った声でも、いつもきいていた淡々とした声でもない。震えるほどにつめたくて、床でも這いそうな低い声。なにか触れてはならないものに触れた気がしたのは、きっと気のせいなんかではない。
「 だ、だってわたしとジョルノくんは出会ってまだ一ヶ月で、その、薔薇をもらってはいたけどそれ以上の付き合いはなくて、だから、それなのに結婚なんて、それはちがう、よね 」
「 さ、さいていだッ!! 」
男の子に殴られたのははじめてだった。正確にはビンタだけれど。イタリアンは女性に優しいのではなかったのですか。くちびるをかみしめ、潤んだ瞳でわたしを睨みつけるジョルノくんは、なるほどそれなりに年頃の男の子をやっているようだった。それよりも驚いたのは、部屋中の家具から薔薇の花がニョキニョキと生えてなにかのアートのようになっていること。ジョルノくんの魔法が暴走している。
「 忘れたって言うのか!?あなたという人は!ありえない!!なんて、なんてひどい!! 」
「 ジョ、ジョルノくんおちついて…… 」
「 僕にさわるな!この!ばかッ! 」
山の天気みたいにころころと変化する彼に触れようとしたら、その手をふりはらわれてしまった。



さてどこから説明させていただこうか。ついにわたしの部屋が植物園と化してしまったところからだろうか。それとも彼の知り合いのイタリア人が彼を迎えにきたところからだろうか。いやそんなことよりも、彼がわたしの、大切な幼馴染だったことだろうか。
「 は、は、初流乃なんだ…… 」
ムスッとした顔つきで薔薇まみれのソファーに座り、足をくんでいる彼に再確認をする。
「 他に誰に見えますか 」
いやもう他人にしか見えない。
「 なんです、その顔は。本当にひどい幼馴染ですね!僕はあなたを忘れた日なんて一度もなかったのに! 」


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