君のすることぜんぶ好き

『伊代ちゃんはほんと可愛いなあ、大好き!』


これが私の口癖だ。
伊代ちゃん、伊代ちゃん、毎日毎日伊代ちゃんについて回って、好きだと言う。はじめのうちは伊代ちゃんに「地味で凡庸な人に言われても嬉しくないわ」なんて照れながら言われていたけれど、今では慣れたのか照れもなにもなくなった。お兄さんや三バカさん、松楊の先輩方ももうなにも言ってこない。
ちょっと寂しいのは、贅沢なんだろうなあ。

なんて、ちょっと物思いに耽りながら今日も伊代ちゃんを探す。生憎クラスが違うので、休み時間はあんまり喋ることがないけれど、放課後くらいは伊代ちゃんを占領しても…、いいよね?
きょろきょろ、伊代ちゃんを探していると、見つけた。さらり、と風になびく銀に近い金髪に、わりと高い身長。後ろには男の子を二人引き連れている。今日はたしか、三バカさんやお兄さん、プラス松楊の先輩方とカフェに行くとかなんとか。


『伊代ちゃ〜んっ!』

「あら、名前。今日はついてきても面白くないと思うけど」

『えへへ、全然いいんだよそんなの。伊代ちゃんがいることに意味があるの』

「そう」


名前って変よね。
腕を組みながら言う伊代ちゃんの凛とした横顔も素敵だなあ、と半歩後ろを歩きながら思う。ちらりと後ろを振り向くと、男の人二人がいてちょっと気まずくなる。


『伊代ちゃん、男の人は…』

「ああ、ごめんなさい。今日は別々に帰っていいわよ」

「ハ、ハイ!」


二人が別方向へ歩いて行ったのを見て、私は安心したように息を吐く。やった、これでちょっとの間だけど、伊代ちゃんを独占できるなんて嬉しいなあ。にこにこと笑っている間にカフェに着いた。


「オイおせーぞ伊代!」

「あっ名前ちゃん今日も伊代大好きだなー!こんな奴のどこがいいんだか」

『えへへ、顔も可愛いし律儀だし、すっごい素敵じゃないですか!』

「あら?先輩方はまだなのね」


ガヤガヤ、ワーワー。楽しげな三バカくんに、ツンと座っているお兄さん。今日もみなさんお元気ですねと笑うと、お兄さんにコイツら元気すぎてうるさいくらいだけどね、と営業スマイルを返された。
みんなでワイワイやっていると、シズク先輩にあさ子先輩、吉田先輩、宗平先輩と次々に先輩方がいらっしゃって、横のテーブルに座られる。


「あさ子先輩は今日も素敵ですね」

「コレ、お気に入りのリボンなんですよ!」

「なっつめちゃーん!オレらにも構ってよ!」

「はあ!?来ないでください!!」


あさ子先輩は人気者だなあ…、顔も可愛いし、ちょっと変わってるけど友達想いだし。そりゃあ、伊代ちゃんとか三バカさんにも好かれるよね…。
届いたタピオカジュース(チョコ味)をちゅーちゅー吸いながら思う。


『…あさ子先輩ずるいです…。整形でもしようかな…』

「名前ちゃん、スネてんの!?」

「かっわいー!」

『かわいくはないですけど、でも、私この顔だったらずっと伊代ちゃんに好きになってもらえない…うう、こんな普通の顔やだよ〜…』


かなしい〜、と机に突っ伏していると、シズク先輩にちょっと驚いた顔をされた。


「苗字さんって伊代さんが好きなのね」

『えっ、周知の事実だと思ってました…こんなにアピールしてるのに』

「あーでも苗字さんの好きって、アイドルにたいしての好きみたいなかんじかなーって思ってたよ、オレも」

『えええ!?』


宗平先輩にもそんなことを言われ、こっちがびっくりだ。

でもそっか、好き好き、って毎日言ってたら、好きの重さが軽くなるよね。それがあたりまえみたいになって、好きの嬉しさが半減しちゃうかんじがある。だから伊代ちゃんも三バカくんもお兄さんも、松楊の先輩も。みんな、みんな驚いたり照れたり焦ったりすることがなくなったのか。
あ、しかも私、真剣に好きって伝えたことないかもしれないや。

そう思うと、なんだかこの気持ちの重さを伝えたくてむずむずして、タピオカをズズズと思いっきり吸ってから、伊代ちゃんの肩を両手でつかんだ。


『伊代ちゃん』


ああ、こうやって見るとやっぱり伊代ちゃんって綺麗な顔。可愛いというよりは綺麗な顔で、お人形さんみたい。つりあがった目をよく見るときらきらガラスの玉みたいに光る瞳が埋め込まれていて、長い睫毛や髪の毛は色素が薄いからとってもキレイ。高くてまっすぐ通った鼻筋も大好きだけど、つり目なのにたれ眉っていうのも好きな要素だなあ。
見れば見るほど大好きになって、伊代ちゃんがいとしくなるから、困ったものだ。


『私は、伊代ちゃんのこと、恋愛的な意味で、…好きです』


ハハハ、と離れた席から笑い声や話し声が聞こえるくらい、誰も話さない。沈黙。間違えたかな、と伊代ちゃんを見たら、真っ赤だった。真っ赤で、横を向いて、目を合わせてくれない。あ、照れてる。
ほかの人たちもぽかん、と口を開けて、でもしばらくして昌弘さんを筆頭に沈黙が終わっていく。


「マジでさっきの名前ちゃんかっこよかったよな〜!」

「名前ちゃん、ステキでした…すごいです!!」

『緊張したあ…!…あ、い、伊代ちゃん、お返事、』


みんなの視線が伊代ちゃんに集まって、真っ赤な伊代ちゃんが小さな声でつぶやく。


「そ、そんな猛烈なアプローチ、断りにくいじゃない。仕方ないから、お試し期間として一か月付き合ってみてあげるわ」


ハハハ、えらそー!と笑いが起こる中、私も真っ赤になってしまった。
…やった、伊代ちゃんと一か月付き合える…!絶対フラれると思ってたのに、フラれなかった…!嬉しさと恥ずかしさと、色々な感情が混ざって、ついにこにこ笑顔が止まらない。


『えへへ、やったあ…!今度一緒に手つないでデートしよう!』

「私は運命の赤い糸で結ばれたかっこいい男の人と恋に落ちるはずなの!まだお試しだって言ってるでしょう」

『ふふふ〜伊代ちゃん可愛いなあ』


このあとみなさんが協力して、パーディーを開いてくれるなんて私はまだ知る余地もない。



君のすることぜんぶ好き
(((おめでとう名前ちゃん!)))
(…まあ、あの兄弟に惚れられるよりはマシだけど)
(っ…ありがとうございますみなさん、お兄さん!)
(ちょっと、伊代抜きで勝手に話進めないでよ!)




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