ひとくちぶんの青春

「あ」

『あ?』


帰り道、面倒な人に出くわした。
咥えていたキャンディーは、口を開いたのと同時に落としてしまって、出くわして早々面倒。あー、もったいない。


「まあまあ、そんな喧嘩腰にならないでくださいよ」

『無理です』

「びっくりするくらいいいお返事で!名前さん、どうです?ちょっと一緒に遊びません?」

『イヤです。てゆーか今日は優山さんいないんですか』


なるべく安藤さんと目を合わせないようにしながら、疑問をそのまま口にする。
すると、安藤さんは斜め下を向いている私にわざわざ目線を合わせてきて、いつものいやらしいにやにやした笑みを浮かべた。

私は、安藤さんのこの笑みが、好きだけど苦手だ。なにを考えているのかつかめない笑み。好きなんだけど、でも、私はこの人のことを全然知らないんだなと痛感させられるから。胸がドキドキしてしまって、ああ、私こんな面倒な人を好きなんだと認めざるを得なくなるから。だから、苦手。

顔に感情が出てしまわないよう、そんな笑みから視線を逸らすと、彼がすこし屈んでいた体勢を元に戻したのが分かった。地味に高いその身長にもドキッとしてしまうあたり、私もだいぶ面倒だと思う。


「もしかして名前さん、坊ちゃんに気があるんですか?」

『チッ…そんなわけないでしょう。いつもは優山さんと一緒にいるのに、今日は一人でいるからオフなのかなって思っただけですよ』

「へえ、お嬢さんの周りにはスーツでプライベートを過ごす方がおられるんですねえ」

『うるさいです。嫌味言うヒマあるんなら質問に答えろ』


全くかわいくない口調で言うと、安藤さんはそうですねえ、とヘラヘラ笑いながら間を置く。ちょっとの間なんだけれど、話さないで静かな時間が流れるとなんだか長く感じる。
キャンディー、無いとやっぱり寂しいな、口が。そう思いながら頬を膨らませたり唇を舐めてみたりしてヒマな時間を紛らわそうとしていると、安藤さんがやっと口を開いた。


「優山さんなら、いつも通りスイーツ巡りっスよ。女子か。まあ、見てるだけで胃もたれしそうだったんで、私は待ってるんですけどね。ったく、なんで付きあわされなきゃいけないんだか」

『それは大変ですね』

「ところで名前さん、飴、どうすか」


差し出された手に乗っかっているのは、飴。紛れもない、飴だ。棒付きキャンディーじゃないんですか、なんて文句を言いながらも本当は嬉しい。大好きないちごみるく。包み紙も可愛くて、味も美味しい。素直にいちごみるくを受け取ろうと手を伸ばすと、がしっ、と手を掴まれた。
体温が伝わってきて、恥ずかしい。振り払えばいいのか、どうすればいいのか分からなくて黙っていると、安藤さんがまたあのタチの悪い笑みを浮かべた。


「名前さんって、もしかしなくても俺に気あります?」


突然の俺。本人は無意識なんだろうけど、こういうのに女子は弱い。ちょっと素出ちゃってるじゃん、と思いながら鼓動が高鳴るのは気のせいだろう。気のせいだと信じたい。こんなのでドキドキしてたら、乙女みたいじゃん。


『…なんなんですか、突然。手離してください、セクハラで訴えますよ』

「嫌味言うヒマあるんなら質問に答えろ。…でしたっけねえ」


私の言った言葉をそっくりそのまま返されて、文句を言えなくなる。しかもそれをあのニヤニヤとした笑みを浮かべながら言うもんだから、頭も真っ白になって、安藤さんのごつごつした手を意識してしまって、顔が赤くなってそうだ。
ええい、もー、私の負けでいい。仕方ない、どうせバレてる。私は勇気を振り絞って、顔を逸らしながらも口を開く。


『気があったら問題があるんですか、安藤拓真さん』


返事が返ってこないので、安藤さんの方にちらりと目をやると、ぱちくり、目を瞬かせていた。だいぶ肝をつぶしたのか、手の力も抜けて、ぶらぶら状態。
…レア安藤さん。いつも一枚上手な安藤さんの困惑顔を見れてニヤけそうな頬を必死で抑えようと、ゲットしたいちごみるくを口に放り込む。


「…、なんで名前知ってんっスか」

『優山さんから名刺貰ったんですよ。…好きな人の名前も知らないなんてヤでしょう』

「あーもう、ほんと、敵わないですわ」


ガリッ。
いちごみるくを噛み砕くと、中から甘い液体が溢れ出る。なんだっけ、キスってイチゴだかレモンだか、なんかそんな味がするとかいうっけ。

どうでもいいことを考えて現実逃避しながら、ガリガリ、飴を噛み潰していると、唇に温かいなにかが触れた。と、同時に安藤さんのどアップ。くっきり二重の眠そうなたれ目に、意外と長い睫毛。魅力的な瞳で、ずっと見ていたくなる。まあ、目を瞑るのがマナーでしょうなんて言われそうだから、目を瞑ってあげるか。
そう目を瞑ってすぐ、唇が離れた。ま、そっか、オーケーの返事のキスがディープでも困るけどさ。


「私も好きですよ、…名前のこと」

『っ、』


それはずるい。
そう小さくつぶやくと、仕返しです、と笑われた。


『とうとうホンモノの高校生に手出しちゃいましたね』

「はは、スリルがあっていいんじゃないすか?」

『てゆーか、優山さん遅いですね』

「ああ、あの人ならキス見ちゃってこっち来るに来れないんですよ、ほら」

『…、見られてた?』


最悪、なんて言いながら、がっちり手は掴んで優山さんの元へ行くのだから、私も純情だな。



ひとくちぶんの青春
(そういや、飴を噛む人は欲求不満らしいですけど)
(バカですか?)
(名前さん噛んでましたね)
(まあ、安藤さんに触れたいってのはあるんじゃないですか)
(…それは反則ですよ。あと、なにかしらモノを舐めるクセエロいっす)


(title:夜途



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