あわい色したあの子をたべる

あ、夏目さんだ。サイドをくるりんぱした、かわいい髪形のコが教室へと入ってくるのを見て思う。夏目さんが席へと向かったのを見計らって、私はあたかも今気づいたかのように声をかけた。


『夏目さん、おはよう』

「おはようございます、苗字さん!」


まるでトロピカルマンゴーのような笑みを浮かべて、夏目さんは挨拶を返してくれた。

私は、夏目さんを見つけるのが得意だ。誰よりも早く見つけられる自信があったし、実際そうだった。後ろ姿を見ただけで、一瞬すれ違うだけで分かる。後ろにいたって、なぜだか分かってしまう。
自分でも気持ち悪い能力だと思うけれど、仕方がない。だって、自分でも知らない間にこうなってたんだもの。

こんな気持ち悪い私は、夏目さんを好きだ。友達だとかクラスメイトとしてじゃない。恋愛対象として。
女のコが女のコに恋するのはいけないことだって言う人もいるかもしれない。でも、笑顔を見るたび、言葉を交わすたびに、胸がどきどきと高鳴ってしまうのだ。抑えられない。
私はクラスでも地味な方だし、夏目さんのように可愛くない。吉田くんとか佐々木くんとか、そういう元気なひとたちに話しかける勇気もないから、夏目さんに朝は挨拶してみるのだ。おはよう、って。


「苗字さんっていつも朝早いですよねえ」

『そうかな?夏目さんは今日早かったね』

「実はコレ、朝早くに来てみんなに挨拶しちゃおう大作戦なんですよ!」

『ふふっ…夏目さんって面白いよね』


笑うと、夏目さんがそうですかね、と笑い返してくれた。ああ、かわいい。
自分でも、すこし頬に赤みがさしたのが分かる。夏目さんと、クラスのマドンナ夏目さんと、好きな人と、喋っちゃった!

この挨拶しちゃおう大作戦だって、きっと長続きはしないだろう。私は、夏目さんが飽き性なことを知っている。男の子にも声を掛けられちゃって、きっとやめるのだ。

鞄の用意を終えて教室を出ようとする夏目さんに、寂しさを覚えた。
行かないで。まだ、ふたりっきりでいさせて。どこまでも貪欲な自分に若干の吐き気を覚えつつも、やっぱり貪欲な私は欲が勝ってしまう。なにか言わなきゃ、声をかけなきゃと、反射的に声が出た。


『……っ、な、つめ、さん』

「ハイ!どうかしました?」

『あの、……友達に、ならない?』

「えっ!?いいんですか!やったあ!!!苗字さん…いや、友達ですから名前って呼んでも!?」

『ぜひ。私もあさ子って呼んでいいかな?』

「モチロンですよ!」


飛び跳ねそうな勢いで喜んでいる夏目さん…いや、あさ子ちゃんに顔が綻ぶ。好きな人が、私のことばに心を動かされて、こんなに笑顔になっている。その事実だけでも嬉しくてたまらない。

でも、そんな彼女のぷるんとした血色のよいくちびるを見ていると、ふいに噛みつきたくなった。それをきっかけに、つぎつぎに欲が溢れだす。白い肌に触れたい。鬱血痕をつけて、困らせてみたい。きっと、この白い肌に映えてとても厭らしいだろうな。そのきれいで細い、女のコらしい指を、私の指と絡めたい。照れて彼女は赤くなるのだろうか。その胸に、体に、唇に触れて、彼女をぐちゃぐちゃにしたい。彼女のはしたない姿を見てみたい。
きもちわるくて汚い私の貪欲さに、ついつい自分で嘔吐しそうになりながらも、笑顔を絶やさないよう努力した。


「名前、これからは一緒に帰ったりもしましょうね!!」

『うん、もちろん』

「帰りに買い食いとか、友達っぽくないですか!?ミッティはそういうことしてくれないんですよ〜、ケチですよね!」


その魅力的な赤いくちびるから発せられる言葉にうっとりとしながら、私は笑顔で返事をした。
ああ、気持ち悪い私。でも目の前の少女は、私のこの気持ち悪い欲を知らないんだ、と思うとなんだか余計に興奮してしまって、私って骨の髄まで気持ち悪いなと自分でも思ってしまった。
それでも私は、彼女に恋しつづけるのだ。



あわい色したあの子をたべる
(ほんとうにかわいいなあ、)

(title:魔女


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