[麻衣]
今日こそ誘うぞ…
絶対誘うぞ…
頑張れ私!
心の中だけの威勢。
いざ優を誘おうとすると緊張でそんな威勢はどこかへ飛んでいく。
『あ、まいやんおはよー。』
「おはよ!」
『今日はノー残業デーだから嬉しいねー!』
「優の班、いつも残業してないじゃん。」
『まいやんがだよ!一緒に帰れるじゃん!』
ほらまたそうやって私が喜ぶ言葉を口にする。
同じ職場に配属された唯一の同期。
でも班が違って、私は仕事を次々ともってくるスパルタ上司、一方優はマイペースで部下に優しい上司。
どちらがいいかってもちろん後者の上司だ。
たまに優も残業してるけど、それは大体自分がミスした時。
なんで同じ部署なのにこうも違うんだろう…
『…ってさ!ねぇ、聞いてる?』
「あ、ごめん、もう一回言って?」
『もう… 明日坂道神社の春祭りなんだってさ!』
「あー、知ってる知ってる。」
『えっ!知ってたの!昨日知ったんだよねー!もうそんな時期なんだねー?』
「だね。まあ、どうせ残業で行けないだろなあ。」
残念だねーと隣でイスに座ってユラユラしながら笑っている優。
でも知らなかったって事は、行く相手まだ決まってないって事だよね…?
ここは勇気を振り絞るしかない。
「あのさ…」
『残業なら行けないねー。』
「あのさ…行く人決まってる?決まってないなら、絶対定時で終わらせるから一緒に行こ?」
『え?いいけど…』
次の日朝から死ぬ気で仕事をこなしていく。
ところがやってもやっても終わらない。
私の頑張りも虚しく定時を知らせるチャイムが鳴り響き、みんな続々と帰って行く。
ちらっと横を見ると珍しくまだパソコンとにらめっこしている優。
「優、帰らないの?」
『あー、ちょっと終わらなくて… まいやんもまだでしょ?』
「うん。昨日あんだけ張り切っときながら全然終わらなかった。」
『今日に限って真夏休みだったし、全部仕事回ってきてたね。』
「ほんとに… 真夏に焼肉奢ってもらお。」
こんな会話をしつつも仕事を進めて、定時のチャイムからはや2時間が経った。
私の班のみんなも帰って行き、残りは私と優。
思っていたよりも早く終わるかも…
そう思っていると、ガタっと席を立つ優。
優はさすがに2時間やれば終わるか…
『トイレ行ってくる!終わっても帰らないでね?』
「う、うん?」
すると急ぎ足でオフィスから出て行った優。
そんなに我慢してたのかな?
そんな事を思いつつ手を進める。
優が席を立って30分は経ってるはずなんだけど、まだ帰ってこない。
終わって片付けをしながら、優のデスクをチラッと見ると綺麗に片付けられて、さっきまで残業をしていたとは思えない。
片付けを終えてもまだ帰ってこない優が心配になり、連絡をしようとするとただいまーという声が聞こえた。
『あ、終わった?テラス行こ!』
「終わったけど…」
『早く!』
優に急かされて後ろからついていくと、テラスのテーブルにあったのはお祭りの定番飯であるたこ焼き、焼きそば、からあげ、チョコバナナ、りんご飴…
そしてお酒まで。
「もしかして、買ってきたの?」
『うん。タイミングよく終わっててよかったー!お腹空いてる?』
「ありがとう…」
『お酒はまずいかなと思ったんだけど、2人だけの秘密ねー?』
いたずらっ子みたいな笑顔を浮かべ口に人差し指を当てている優。
入社した時から変わらない笑顔。
この笑顔に一目惚れしたんだっけな…
あー、やっぱり好きだ、優の事。
「もうちょい時間かかると思ったけど、早く終わってよかったー。」
『凄い集中してたもんね。』
「そう?」
『だって資料まとめて横に置いてたの私だよ?』
「え?だからか!あんな早く終わったの!これやったっけなー?って思った時あったんだよね。」
『ふふっ まあほぼまいやんがやったけどね?まあ間に合ったからいいや。』
「何に?」
『花火!』
優がそう答えると同時に1発目の花火が上がった。
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