季節物
「総悟ってば……ねぇ、…本当に、東京に行くの?」
「あぁ」
最近ろくに話を聞いてくれなかった恋人は、あたしに対して素っ気無く、ついでに面倒くさそうにそう言った。
―――何でこうなっちゃうのかな
もともとラブラブと表現できる関係ではなかった。
むしろ、喧嘩の方が多かったし、そろそろ潮時なのかな…なんて薄々感じていたりもしていた。 でも、なんやかんやで今日まで長く続いているのだ。
それなりに信頼とか、向こうは持ち合わせているのかもしれない。 だから「東京に行く」という、重大な話をあたしにしないで今まで黙っていたのかもしれない。
「せっかくの卒業式なのに…」
彼に聞こえないようにぼそっと呟く。
信頼されていたとしてもやっぱり、黙っていられたのは…辛い。
いや、やっぱり違うのかもしれない。信頼なんて綺麗事。彼はもしかしたら、もうあたしなんて必要ないのかもしれない。
その悔しさを表情に出さないよう、左手に持っている卒業証書を強く握った。
「あの…」 「誰から聞いたんでィ?」
少しだけ振り向いて、怒ったように低めの声で言う。
「…山崎君が、今日、言ってくれて……」
あたしが言うと、総悟は小さく舌打ちをした。
そんなに嫌ならあたしから……と別れ話を切り出そうかと思ったけれど、なんだかタイミングがつかめない。 なんとなく、そんな空気ではない。
戸惑いながら口を開こうとしたら総悟が先に話した。
「俺は、夢があんだ」
「…警察官だっけ。前話してくれたよね」
「あぁ、東京で専門学校行くんでィ」
「それで…」
―――『じゃあどうしてあたしに言ってくれなかったの?』
口に出したいけれど怖くていえない。
しかし、そんな不安を取り除くように総悟はあたしを抱きしめて さっきまでの総悟は裏腹に、見たこともないような笑顔で
「本当はお前には秘密にしたかった。 んで、絶対に偉くなって帰ってきてやろうって思ってたんでィ。 …だから、絶対ェ待ってろィ」
決意に満ちた声で言う。
その言葉で、さっきまでの別れ話をしようと思ったあたしが馬鹿みたいに思えてきて
「当たり前じゃない!」
満面の笑みで、そう返してやった。
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