四面楚歌。十七歳。
目を合わせれば、赤面し。
喋れば、どもり。
料理以外の特技はなく、幼い頃に奴隷として拘束されていた過去を持つ。
嫌いなものは、他人を傷つける行為。
好きなものは、手料理を食べてくれた時の「ごちそうさまでした」というお礼の言葉、とその笑顔。


「……はぁ」


《ギルド》の大調理場で蹲る彼女は、ゆるりとコンロに置きっ放しにしてあるお鍋を見つめている。青い鍋の中には美味しそうな色合いと匂いのする肉じゃがが、これでもかと言うほどに盛り込まれていた。


「今日のお昼ご飯、どうしようかな………勢いに任せて肉じゃがなんて作っちゃったけど、今お米無いんだよねぇ……流石にパンを出すわけにはいかないよぉ・…………」


また深い溜息をついた後、少女は立ち上がってエプロンを外した。
そして調理台の下に置いてある料理雑誌を手に取った。ペラペラと本を眺めるが、お米の代わりになりつつ、主食として機能しそうなものは見つけ出せなかった。「うぐぅー……」と唸り声をえげて、ごちん、と調理台に突っ伏す。


「んー、と……皆に聞こうかな………何食べたいか。それが一番いい方法だよねぇ」


うんうん、と小さく頷いて、四面楚歌は顔を起こす。
髪が額に張り付いているのに気付いた彼女は親指で前髪を弄った。パラパラと解されていく様子に安堵して、一歩踏み出す。


「あれっ。そういえば……今日は何だか騒がしいよね。さっきからギャーギャー聞こえてくるし…………」


―――――――四面楚歌は、気付いていなかった。
いや。
気付いていたかった、という言葉は正確さを欠くだろう。
四面楚歌は、気付いていなかったのではない。


――知らなかった。


朝ごはんを作った後、お昼ご飯の仕込があるからと、そのまま厨房に残った四面楚歌は、知らなかった。その後の愛新角羅祥玲の報告も。回遊魚と切磋琢磨の出動も。
そして。

侵入者が自分の仲間を殺していることも。


「なんだろ………また苛ちゃんが瞬さんを“おじちゃん”ってからかったりしてるのかな」


あの二人は何だかんだで本当に仲が良いし、眺めているぶんには年の離れた兄妹のようにも見えた。苛見苛が瞬刹那に抱きつく様なんて、正に兄妹そのものだ。本当に微笑ましいなぁ、と思っていた。

――――その二人がとうに死んでいるなど、知りもしないで。


「まあ、いっか。とにかく皆に聞いて、何作るか決めなきゃねっ」


“私は、料理を作ることしか出来ないんだから”

少女の仕事は、ここに住む皆の食事を作ることだった。彼女一人に一任されているわけではないが、取り仕切っているのは紛れもないこの十七歳の少女である。毎朝毎昼毎晩、栄養面や個人の好き嫌いなどを考慮しながら、ずっと食事を持て成してきた。

奴隷の頃は、それが嫌で仕方が無かった。

豪華な食材と大きな厨房に用意されて、見栄えの美しい馳走を作らされて。それを一口も食べることを許されず、自分を買った主人の腹に収まるのをただただ見ていく毎日。
こんなものを食えるか、と料理をぶつけられたこともあった。冷めていて美味しくない、と作った料理を捨てられたこともあった。
どれだけ丹精を込めて馳走を持て成しても礼の一つも貰えない。自分はみすぼらしい食事を食べながら、毎日毎日泣いていた。

でも。

この青い廃ビルディングに住む仲間たちは、決してそうではなかった。
料理を作るのを強制せず。
作れば感謝され。
自分も食べていいのだと言ってくれる。
そして、食後には。

“ご馳走様、今日もとても美味しかったよ”



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