「お前、*+αの人間だろ?」


――全身が、怖気立った。
血が逆流して凍りつくような気分だった。心臓は冷えつきから放たれた瞬間に早鐘をうつ。俺は切磋琢磨を見つめる。


「……なんで」
「あっ、アタリ?」


にやりん、と。猫みたいな笑い方をした。
俺は口をはくはくと弱く開ける。
最早声にならなかった。


「まずアレだな。堅固とバトったとき。お前の剣遣いを見てピンときた。あれは、《カンパニー》独自の隷属剣術だ。独特な振り回し方してんだよ。そんで次に気がついたのが、就寝時間と起床時間。零時五時。こんなギリギリの睡眠を強いられるのは、μtoか*+αかのどっちかだ。んで最後に。――――俺の記憶が正しければ、μtoには“回遊魚”なんてヤツはいなかった」


俺は最後の言葉に目を見開く。


「えっ………」
「俺、μto出身」
「…………っ」
「脱走しちゃったんだけどな」


軽くウインクしたあと、琢磨は神妙な面持ちに変わる。


「ちなみに、要害堅固と四面楚歌もμto出身。二人は奴隷として“出荷”された後だったみてーだけど」
「……………」
「ビックリした?」
「…………、した」
「だろうな。目丸々してんもん」


愉快そうに琢磨は苦笑する。


「それにしたって、*+αか…………お前、よく脱走出来たな。あそこは《カンパニー》ん中でも別格中の別格だろ。俺だってμtoから出るときはかなり苦労したけど、*+αに比べたら全然マシだろうな」
「……………」
「あそこは、本物の《底》だ」


《カンパニー》が所有する施設の一つであるμtoは、特技奴隷育成に基づかれている。土木作業、裁縫作業、売春作業、実戦作業。ありとあらゆる専科にわかれて、そのエキスパートを育てる部所なのだ。
推測するに。
四面楚歌は調理作業。
要害堅固は殺害作業。
では、切磋琢磨は?


「俺は実戦作業」
「……………」
「つまりは兵士だな」


戦闘兵になるよう、“教育”された奴隷。


「痛かったなあ……なんかしくじったら口ん中剣突っ込まれるし、鞭打ち百回こん棒千回。んで、殺しの方法ばっか教え込まれる」
「……なにがきっかけで逃げようと……?」
「――――*+αに、異動が決定したから」


俺は、息を呑んだ。
異動?


「お前、そんなに……」
「まあ、落ち着け落ち着け」
「……………」
「で、まあ。明日から異動だって聞いて、震え上がったさ」


あんな最低な《底》には、行きたくなかった。


「死に物狂いで逃げた。いや、いっそ死んでも良かった。*+αに行かなくていいなら、何がなんでも良かった」
「…………だろうね」
「気、悪くした? ごめんな。でも、そうだろ?」


だから、お前も逃げたんだろ?


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