互いが互いを残虐するように、二人は一歩踏み出――――。


「あれ、二人とも、まだここにいたんだ?」


――――さなかった。
二人は急停止して、有り余った力を流すように素早く床を転がる。クロスするような軌跡を描いたかと思えば、瞬く間に直立して声のあった方を向いていた。
羞月閉花と花鳥風月は敬愛を以てその人物に礼をする。

その人物は、世にも麗しい好青年だった。

ふわふわと靡くような深い象牙色の髪に、ブルーグレーの瞳。武骨なイメージを抱かないほどにすらりとした彼の肌は白い。誰からも愛されるに違いない落ち着いた笑みを讃えるその青年は、「相変わらずみたいだね」と二人を苦笑まじりに眺める。


「二人には、あんまり暴れないでほしい。君たちがぶつかり合ったらここなんて一たまりもないだろうからね」


諭すような口調には仄かな品位と静かな威厳が見え隠れしていた。その見目に似合わない凛とした雰囲気にはダイヤモンドにも似た硬質さが窺える。
羞月閉花と花鳥風月ははきはきとした声で「すみません」と頭を下げた。


「この馬鹿がまたやらかしはったみたいです」
「責任転嫁も甚だしい……違います坊ちゃん、このお姫様が先に吹っ掛けてきました」
「なんやて五等身」
「これは着ぐるみですからー、脱いだらナイス八等身ですからー」
「頭ごと捻ったるでそのウサギ」
「あん? 捻られる、の間違いでござんしょう?」
「いい加減にしろ」


青年のブルーグレーの瞳が鋭利を帯びた。低い声で告げられた言葉に、羞月閉花と花鳥風月は押し黙ってまた頭を下げる。その様子を見ていた青年は呆れるような溜息をつきながら笑った。仲は本格的に悪いが全てのタイミングが見事に一致するこのドアマンとバニーガールを、とても愉快だとでもいうように肩を揺らす。


「実は二人とも、仲がいいんじゃない?」
「「有り得ない」」
「ほら、そういうところとか。否定するのは二人の勝手だけど、肯定するのは周りだから。二人が同じ意見を出せば出すほど、周りはそう思うものだ」


かと言って、“はい、そうです、仲がいいんです”なんて言うのはプライドが許さない。それもどっちが先に言うかによって勝敗がわかれる。チキンレースみたいなものだ。ギャンブルだ。従業員にまで博打を強いる彼に頭が上がらない。遣る瀬無くなった二人は目の前の青年を見ながら肩を静かに下ろした。


「ふふ、坊ちゃんには敵いまへんなあ」
「まいったな……そこまで意地悪したつもりはないんだけど」
「だとしたらとんだ天然でござんしょう。そういやあ坊ちゃん……こんな辺鄙なところにどういった御用で?」


その質問に青年は「ああ、そうだった!」と思い出したように言った。
普段のこの青年はこんな従業員用のルームに来るような人間ではない。これは人間性の話をしているのではなく、そういう“身分”であることを指している。だからこそ花鳥風月は青年がこの場にいることを驚いたのだ。羞月閉花はオーロラの髪を七光りさせるように瞬きをした。


「もうすぐここにお客さんが来るんだ」
「それは……パーティーの招待客ってことで?」
「勿論。昔から交流のある、っていうか交友のある人たち。一癖も二癖もある困った人たちなんだけどね――悪い人じゃあないよ。善い人でもないけどさ」


想い出に耽るように紡ぐ彼を二人はじっと見つめた。大人しく穏やかで他人を慮る彼がここまで言うのだから、それは“よっぽど”な人間なんだろう。


「いくら彼らでもここまで来てなにか仕出かすとは思えないけど、念のため、君たちに部屋に案内してもらいたい」
「それはつまりドアマンとしてではなく、」
「ましてバニーガールとしてですらなく、」


“コンドラチェフとしての仕事ですか?”


「その通り。任されてくれる?」
「「お任せください」」


二人は厳かに礼をした。親愛と敬愛を込めて、彼に言葉を返す。


「正式な、新たな《錯乱カジノ》マスター、珪砂・フェルドスパーさまからの命令ですから」
「うわ、なんか恥ずかしい」


珪砂・フェルドスパーと呼ばれたその青年は、整った顔を歪ませるように苦笑する。
そしてそれとほぼ同時に、羞月閉花の鼻が微かに動いた。それを見た花鳥風月は馬鹿にするように嘲笑したが、次に続く言葉に顔を顰める。


「いらしはったみたいどすなあ」


目をつぶって、集中するように、語る。



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