わたしの親切はもはや癖であり、フルオートで放出されるに等しいものだった。誰かが困っていたら手を貸さざるを得ないし、誰かが泣いていたらわたしも酷く心が痛んだ。“お優しい”人間なのだ。なにに対しても同情的であり、そして感傷的だった。母親の言葉通りに親切に行動していくと、それがもはや当たり前になって、わたしの内情も変化していく。根本は“好かれるため”だなんていう打算に満ちたものだったとしても、実際同情していることに変わりはない。けれどやはり、自分でも自分が薄気味悪く、そして汚いものに見えたのは、本当に恥ずかしく歯痒いことだった。

自分自身を誇りたい。

素晴らしい人間だと、美しい人間だと、愛される人間だと思いたかった。


――もう無理よ、帰りましょう。
――いや、きっと大丈夫、あとちょっとなんだから。


冬の放課後、今日も《彼》は、フェルドスパーのお坊ちゃんとは思えないようなお転婆を繰り広げていた。
今日の昼休み時間、男子も女子も含めてみんなでドッジボールをしていた。女子は最後まで暴力的な遊びに承諾を渋っていたが、もうすぐ卒業だから思い出に、という言葉に弱く、すぐさま快く了解した。思ったよりもゲームは白熱していたが、一つアクシデントが起きる。投げたボールが木の幹の付け根に挟まってしまったのだ。すぐに取ろうとしたけれど、木が高いせいか誰も回収出来ず、結局は休み時間が終わってもそれを取ることは出来なかった。


――危ないわ、落ちてしまったらどうするの。
――大丈夫大丈夫、落ちたって怪我をしてしまうだけさ!
――それが大問題だと言っているのよ。


貴方が怪我をすれば貴方のお父様はカンカンになるでしょうよ。そうしたら学校側にどんなプレッシャーがかかると思っているの。その全てを押し殺して、木登りをする《彼》を見上げる。
昼休みに取れなかったボールを取ろうと奮起する彼。覚束ない動作で太い幹を上っていく。危なげで不安定で見ているだけでハラハラしてくる。


――でも、このボールがないとこれからみんなで遊ぶことも出来ないじゃないか。
――だからって、こんなのはいけないわ。その高さから落ちてしまったら骨折じゃ済まないわよ?
――それは痛そうだ。


ここまで脅しても《彼》は手足を止めない。よじ登って、木の太い枝に足をかけ、ボールのあるところへと近付いていく。
風はいつもより強くて、吹くたびに木をゆらりと揺らす。怖くて目を塞ぎたかった。


――怪我、するわよ?


わたしはもう一度強く言う。


――服だって汚れてしまうし、切り裂けるかもしれない。落ちてしまったら大怪我をするし、怖い思いをするわ。


十二歳のわたしたちには到底無理なのよ、諦めなさい、そんなボールが無くたってわたしたちは遊ぶことが出来るわ。
わたしがそう言っても《彼》は登るのをやめなかった。そしてとうとうボールを手にする。《彼》は誇らしげに、わたしの顔を見つめた。


――僕、そんなことはどうでもいいよ。それよりも、置いてきぼりのボールが悲しんでしまうのが嫌でないのかい?


わたしは目を見開く。その言葉は冷えたナイフのようにわたしの心臓を何度も刺した。上手く血が出なくて、胸に滞留するようにどろどろとうごめいて凍てつかせる。《彼》は微笑んでいた。わたしは笑えなかった。代わりに――ドサッと心臓が零れてしまったような気分だった。

嘲笑われたような、そんな気がしたのだ。

わたしだって本当はそんなことどうでもいい。怪我だってしたくないし服が汚れたら母親に怒られてしまうけれど、大切なもののためへの代償なら仕方がない。そんなのはわかっている。わかっているけど、高がボールだ。高がボール一つのために、《彼》はわかりきった傲慢を放った。《彼》にはきっと分からない。その些細な台詞がいかに残酷であったか、いかに自分の自尊心を傷つけたかは、永久に理解出来ない。わたしだってどうでもいい。わかっている。でもわたしはそれを諦めたのだ。ボールなんかを救う《彼》はそのことを知らない。わたしがボールなんかをも救えない愛のない人間だと、救いようもないほど愛される《彼》は侮蔑した。嘲笑うような台詞を発する《彼》がどれほど自分のことを知っているのかと思った。
わたしには許されない。
ボールを取ることも、木を登ることも、服を汚すことも、周りに心配をかけることも。
わたしの“親切”はとても貧相で脆弱で、とても彼には敵いそうになかった。


――ボールを持っていたら降りにくいなあ……君が持っててくれるかい?


彼は軽やかにボールを地面に落とす。バウンドしたそれはわたしの腕の中にすっぽりと収まった。
貴女なんて嫌いよ。
ボールに言われた気がした。
幹に置いてきぼりになった《彼》は、自ら地に降りる手足を持っている。


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