「――っていうのが、昨夜起こったこと。相手も殺す気はなかったのか救急車は呼んでくれたみたいだけど、担ぎ込まれた風招小栄くんは三度心臓が止まる重傷。意識を取り戻して絶対安静だってさ。たった一発、胸を殴られただけなのに。おかげで、ウラオモテランドは大パニックさ! 当たり前だよね。“絶対不落”の盾、守衛・《風招小栄》がやられたっていうんだから。《風招小栄》だけが、最前線の衛兵で唯一の防御力だったんだから。今はウラオモテ警察の雷神・小芥苔子ちゃんが一切の警備態勢を指揮してる。……知っての通り、“ある理由”で相棒の風神・水倒火転くんがいないから大変そうだったよ。愛ちゃんに電話してくれたときも忙しいっぽかったしね。苔子ちゃん、悔しがってたし恨めしがってた、相棒の仇を取りたいって」


“でも私は今動けそうにない。守衛であり風神である彼がいなくなった今、私しか戦闘力になる人間がいないの。彼を怪我させた《ドアマン》とやらがまだウラオモテランドにいるかもしれないし、そいつがまた何か仕出かすかもしれない。……相棒も、働く、って言ってんだけど、流石にあの身体じゃ心配だしね……。だからせめてと思って、愛たんに電話させてもらったの。硝子たんたちとは連絡取れないし。一刻も早く伝えてあげて――――”


「《ドアマン》・羞月閉花(しゅうげつ・へいか)が、硝子ちゃんを探してる」


愛はあたしの目をじっと見つめている。温かい海原のような色。その瞳はただあたしを見つめて、どうするの、とまっすぐ問い掛けてきていた。どうするもこうするもないじゃないの。目の前につけつけられた現実を今すぐダストシュートにでも放り投げてしまいたい気分。こんな憂鬱な気分になのにいい日になるだなんて自己暗示をするのは愚かとしかいいようがない数分前ね、ええ。
廃墟の屋上にヘリコプターを止めてくれた愛は今、さっきまで萵苣が寝ていたソファーにちょこんと可愛らしく座っている。華奢な身体はスプリングに埋まれて、でも音は殆ど立つことがない。
萵苣は「ん………?」と声を漏らしながら気付いたようにぴくりと顔を上げる。


「ていうか、その《ドアマン》ってやつの名前まで割り出せてんのか? 話を聞くかぎりじゃあその女、名前までは打ち明けてねーんだろ?」
「割り出したんじゃなくって知ってたんだよ、萵苣くん。愛ちゃんの知る中で、硝子ちゃんを追ってる《ドアマン》なんて言ったら一人しかいないからね」
「…………それって、つまり」
「硝子ちゃんが逃げてる相手――――トラッカーだよ」


トラッカー。追跡者。追っ手。
あたしは視線を逸らす。
あたしのせいでウラオモテランドに危険が及んだというわけか。申し訳ない以上に歯痒い。
しかも、よりによって追っ手があの羞月閉花だなんて。
運が悪い、というレベルを棒高跳びで跳躍しているわ。上手くマットに落ちずに怪我をしてしまいそう。やれやれ、よ。


「ウラオモテランドからここまではそう遠くない。休まず車飛ばして一日だ。今すぐ逃げたほうがいいんじゃない? 今逃げたらなんとか捕まらずに済むはずだ」
「んんー、残念だけど魚くん。それはね、ビミョーに違う、ってやつだよ」
「は?」
「多分、羞月閉花は車では移動してない」
「だったら楽に」「車で移動するよりも、走ったほうが早いから」
「………………は?」


魚は首を傾げた。その様はまるで折り鶴のよう。あたしは愛に代わって話を続ける。


「羞月閉花はトラッカーとしては超一流。彼女は人並みならぬ異常な身体能力の持ち主なの。一殴りで相手を死に至らしめるほど。風招小栄が死ななかったのは奇跡だわ。その奇跡を讃えたいところだけれど、それは今は置いておきましょう。……羞月閉花は超絶的な怪力を持っていて、おまけに体力は無尽蔵。あたしは、彼女が疲れているところを見たことがない。人間離れした脚力で、人間離れしたスピードで、追われてしまえばもう終われたも同然なの」


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