「…………ん、おはよう、早いじゃん」


賞賛を贈ってくれるタップダンスのような軽やかな気立てとは対照的な、未だどろりとした眠たげな目をする魚。
彼の女と見紛うほどの可愛らしくも精悍な顔付きが、眠気でふんわりと金魚のようにゆらゆらしている。欠伸の仕種は猫のようだというのに。彼は二面性ならぬ二種性のお上手な人間のご様子。
あたしは小さく口角をあげる。
さあ、今日はどんな言葉であたし自身を着飾ろうかしら。


「ふふ、やっぱりね。貴方を思って眠りにつくと、朝が早いわけだわ」


きゃぁああああーーーーッ!! いやああああああーーーー消えたい穴が合ったら入りたいまたやってしまったわああああもう嫌なんでこんな小っ恥ずかしいことしか言えないの!? 自分で自分を殴りたくて仕方がないわ、誰かドッペルゲンガーをつれてきて!!
余裕の微笑みは崩さない――あたしは心中で大暴れしていた。


『どんな言葉にも、アンタが感じたことを最大限に、誇張してでもいいわ、装飾を施しなさい。感謝や愛情を一心に感じるような素敵なものを。ただし、飾り立てすぎるとただの軽い女になってしまうから要注意』


わかっているわ、母親。
でも無理。
無理なの。
何年経ってもこの動作はあたしには難しすぎる。
言い過ぎないように調整して程よい点を見つけたつもりではいるけれど、それを言うのには未だ慣れない。自分でもなんて恥ずかしいことを言っているんだろうと、毎回毎回心臓は音を鳴らすヤカンみたい。あたしの鉄壁はいつもオーバーヒート。何かに突かれれば今にも爆発してしまいそうなくらいだ。プライドにかけて、絶対に決壊させるつもりはないけれど。


「……相変わらずだね」
「あら、何がかしら」
「そういう言い回しっていうか。誇張させすぎなんだよ」
「誇張? なんのことかしら。貴方とこうして話せるから、あたしは夜を乗り越えられるのよ」


やめてお願い止まって私の口うわもう泣きたいっていうか消えたいとりあえず嘘つくのは早くやめなさい本当に。

魚は「あっそ」と呆れたように会話を終わらせる。会話を引きずらず、勘違いをしないのが彼の美点ね。あたしはその無関心に何度救われたか知らないわ。


「朝食はどうする? 早く考えないと。空かせたお腹を出したまま目を閉じてジッとしている萵苣を待つ?」


短縮するなら、グースカ寝ているとも言う。
あたしたちは、ソファの上で羊みたいな顔をして寝ている萵苣を見た。
滅多にお目にかかれないような緑の髪。青黒いクマが僅かに目立つけれど、顔のベースは割と端整。最近髪が僅かに濁ってきて緑から黒っぽくなりつつある。染めてるそぶりも無いため不思議に思って本人に尋ねると「枯れてきてる……、ははっ、才知畑から卒業出来たってことかな……」と感傷に浸るように前髪を撫でるだけ。センチメンタルな返答を必要としているわけではないのよ意味がわからないわ。考えるのも面倒でいつしか気にしなくなっていたけれど。
彼の――以前よりは澄んだ色を失ってしまった――深い緑の髪が、僅かに揺れた。寝返りを打ったのかもしれない。でも起きるそぶりは全くの皆無。


「俺は大丈夫。萵苣を待てる。硝子…………スケベ女は大丈夫?」
「何故言い直したのかには目をつぶっておくとして。あたしもまだ大丈夫よ。ご飯はまた後ほど、ということで」
「きまり」


彼はもう一つ欠伸をして、こちらに近づいて来る。タンクトップのズボン姿のままだ。きっとジャケットを探しているのね。あたしは部屋中に視線を巡らせていると、彼はおぼつかない足でこけそうになっていた。あら、危な………………「……ん、ごめん」…………これは、どういうことかしら。
あたしは数瞬硬直したあと無意識のうちに「まだ眠いのかしら」と茶化すように笑った。我ながらグッジョブ。

今の状況。

躓きそうになった魚が、バランスを取るためにあたしの肩に顔を乗せている。
なにこの状況。恥ずかしくて死にそうなんだけど。


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