弾丸が体に降り注いだのと、何も見えなくなったのは――同時のことだった。
だから、あたしは――無傷の体をよじって、小さく声をあげる。


「……ねぇ」


ただ、驚くばかりだった。半分くらいは呆然とした意識だった。反射で声をかけたようなものだ。


「……アンタ、何やってんの」


あたしの呟きに、彼はなにも返さなかった。いや、返せなかったのかもしれない。そちらの可能性のほうが、ずっと高い。
あたしは一つ、「ねえってば」と強意させて。


「――――三月」


あたしの盾になって身体中に穴を開けた三月に、詰問した。
彼の背中しか見えない。
視界は不十分で、きっと未だ銃を向けているであろう人間すら確認出来ない。
でも、三月の足元には、咲き誇るような血痕の花が、ぼたぼたと零れ落ちていて――――、彼は一つ跳躍して銃を向けた人間の頭の上に乗る。いきなりのことで、ぺしゃんこになったみたいに身体は沈み込み、そしてそのまま気絶してしまった。
三月は、元々、戦闘を得意とする人間ではない。その身軽な体術で相手を翻弄し疲弊させ、抵抗も出来ないほどくたびれきった相手の喉をナイフ掻き切るという、あくまで戦闘に重きをおかないスタイルだった。だからこうした――相手が疲弊するのを待つのではない――武道家モドキの行動を見せ付けられ、あたしはほんの僅かに驚愕した。
三月が、振り向く。
これは酷かった。血が出ているのも頷ける。銃の中の全ての弾丸を吸収した三月は、悲惨なまでの重傷だった。


「……逃げたんじゃ、なかった、っけ……?」
「…………なかったっすね……」
「いや、それはもう、なんか、いいや。うん、そうじゃなくて……なんで三月、あたしを、殺さなかったの?」
「喋んないでくださいよ……傷口に響く……」
「あたしさ、言ったじゃん。あたしが殺されそうになったら、アンタが殺していいって。こうやって助ける暇あるんなら、殺しといたら、よかったじゃん……」
「騒禍さん……そんな死にたいんすか……?」
「死にたくないよ」
「っは…………だったら、もういいじゃないっすか……」


血まみれで、傷だらけで、それでもあたしに手を伸ばす三月。
助けを求めているのではない。
これは、この優しい手つきは。


「……殺したりしないんで、抱きやすい格好しててください……」


あたしを助けるための手だ。

彼はあたしの手首を掴んで駆け出す。あたしは勿論上手く走れなくて、今にも骨が崩れてしまいそうだった。それを察知して彼は足を止める。
あたしは顔をあげて彼を見る。こんな重傷なのに汗一つ掻いていない。いつものように眠たげな眼。痛くないわけがないのに、辛くないわけがないのに。あたしも同じく汗一つ掻いていないけど、彼とあたしとでは、重みが全然違う。


「もういいから、あたしのことはもういいから、早く逃げて」
「……ダメっす」
「あのねぇ……もう無理なの。アンタならともかく、あたしが出たらわかるの。《戦争谷騒禍》だって気付かれるの。わかる?」
「でも……ダメっす」
「あたしは、まあ、シャクだけどさ、スッゴい自業自得なわけ。でも、アンタは違うから、巻き添え喰っただけだから、だから早く」
「騒禍さん……ダメっすよ」


だんだん荒くなっていく息を抑えて、彼は言う。


「こういうときはちゃんと――怖い、って――言わないと」


その一言は、まるでキラキラと輝くダイヤモンドの破片のようだった。月の光に照らされているかのように硬質さは増して。そしてそれは、私の心臓に強く振り撒かれる。


「そうだよね。怖い、って言わなきゃいけないシチュエーションだよね。でもあたしは怖くないの。アンタに死なれるのが嫌なの。あたしのために、アンタが死ぬなんて、気持ち悪くて嫌なわけ。わかったら、お願いだから、どっか行ってよ」
「大丈夫っす。……俺は別に、アンタの為にここにいるわけじゃないんで」
「……………じゃあ、なんで」
「………ふゎぁ……別に教えてあげてもいいんすけど……今は流石にダルいんで…………」


三月は、無表情で、似合わないくらいナチュラルな動作で、自分の唇に人差し指を当てて緩やかに言う。


「逃げ残れたらの、お楽しみ」


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