ああなることも。
そうなることも。
こうなることすら予測していた赤果実林檎。
あいつは言った。
まだ乗ってないのにな、と。
でももし、俺の作れない例のものを、食われる前のあいつが作っていたとしたら、それはもうあいつ自身なんじゃないか? 馬鹿だと言われてもいい。そんなわけがないというのもわかってる。でもそう思ってもいいじゃないか、今くらい。じゃないと俺は救われないし、あいつだって報われない。
棚の上にある赤いカゴを取る。
ビニールシートがかけてあって、その上には埃が雪のように積もっていたおれはシートの端をじりっと掴んだ。
「頼むぞ…………神様仏様」
ビュッとビニールシートをまくり取ると――――――。
“ねえ。林檎様、っての忘れてない?(●`∀´●)”――――そんな文字の書かれたポストイットが着いた、ボンネットの中身で見たようなシルバーの奇怪な塊が、威厳高々と鎮座していた。
「ビンゴ!」
でもキモい!
どこまで予測してんだあいつ!
お前食って正解だったわ!
俺はその塊を抱えて部屋を飛び出る。水嵩はさっきより増して、俺はまるで溺れる馬みたいに不格好な走りになってしまっていた。なよなよと体力を削がれるも懸命に走る。
レタス号三世まで戻ると、愛のお嬢ちゃんはびっくりした風に真ん丸な目を見開かせた。
「えっ、うそっ、やだ萵苣くん! それエンジン!? うわ、この真ん中にあるこいつだよねそれ! えっ、今作ったの!? すごいよ!」
「だよなあ」
俺はシニカルに笑い。
「“製作者”って、マジですげーよな」
そう返した。
エンジンの付け替えは割と単純な作業だった。むしろ単純すぎた。道具もいらない。緊急事態を見越してだろうか。なんだか寒気がしてきたな……。
「よしっ」
俺はボンネットを閉じる。
荒廃したスカイブルーの車体がきらっと光った。
そのびしょびしょにずぶ濡れたままで俺は車に乗り込む。鍵を回せばレタス号三世は、むひゅひゅひゅひゅっと馬のように唸った。このマヌケなエンジン音も、ぺぺぺぺっと吹雪く走行音も。
――完璧ってつまんないと思うんだ。だから、“何があっても”、怒らないでよ。
完璧にしないがための、林檎が恣意的に生み出した欠点なんだろうなあ、まったく。
俺は小さく笑った。
「やばいよ、萵苣!」
「大きな波が来たわ、呑まれる…………ッ」
「はっ、屁でもねぇよ!」
俺は、レバーを引いた。途端ホバークラフトは分解され、車の中へ収納される。しかし沈む筈の次の瞬間、ぶふふふふぉおっ、と強い音が鳴った。レタス号三世から。
そういえば。
俺はあのとき馬鹿にしてたよな。
出来ないって。
無理だって。
有り得ないって。
でも、そんなことなかったみたいだよ。
お前がくれたエンジンが、全力で告げている。
――車が完成したら、私を乗せてほしいな。
――私と君と。
――ほら、何処までだって行けそうでしょ?
「――――行けるよ、何処までだって!」
次の瞬間、レタス号三世は――――飛んだ。
*****
《バベル》の塔。離れにあるオールドファッションドな建物の、今にも水に呑まれてしまいそうな屋根の上で、三人の人影が対峙していた。
うち二人は少女だ。どちらも奇抜な格好をしている。背丈や体格もほぼ同等。紫と青のオッドアイが神秘的な、近寄り難い空気のある双子だった。
「おにーさんで最後だぜ」
「おにーさんで最後なの」
手にはデコレーションドリル。
デコレーションチェーンソー。
どちらも血まみれで、二人の姿もどこか憔悴していた。
対する、一人。
全身が真っ黒い。古いコートや千切れた目出し帽で肌を全く見せず漏れ出る包帯で細部を隠している不気味な形の男のシルエットだった。
手には暴虐的なシャベルが握られている。
「……………」
その男――――ビター・ジャッグレスは。
(ああ)
(一体どういうことなんだ)
(神様)
二人の少女の姿を見て、見えぬ表情を変えた。
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