おとうさんね。
また今日もいそがしかったんだってさ。
たぶんね。
わからないの。
わたしに、会ってくれないから。
なんでかな。
なんでかな。
もっとがんばったらわたしにかまってくれるのかな。
むかしみたいに、だっことか、してくれてるのかな。
“……………”
“……………”
よわ音はいてごめんね。
おれいに、名まえをつけてあげるよ。
おとうさんがわたしにくれた、ゆい一のあそびあいてだもん。
そうだ。
きみはリチャードで、きみはシャルロット。
どうかな。
かわいいでしょう?
ずっとわたしのそばにいて。
ずっとわたしのはなしをきいてくれたんだもん。
わたし、本当にうれしかったんだよ。
いつもありがとう、リチャード、シャルロット。
ずっと一しょにいようね?
またかなしいときは。
二人にはなしても、いいかな?
“もちろんだぜ”
“苺味ちゃん”



*****



とうとうダムの水が足元を浸蝕してきた。まだ派手な波は来ていないとはいえ、そろそろ危ないころだろう。
才知畑を開放して水を流すのもありだが、それだと地下のウラオモテランドにまで水が流れこんでしまう。あそこは地下。逃げられない。みんな、死んでしまう。
俺は頭を振り、冷静状態へと繋ごうとする。しっかりするんだ俺。


「茄子、お前のところは大丈夫なのか?」
『まだね。でも、今《バベル》内にいるんだ。フルボトル姉妹も多分上に』
「……まずいな」


ダムは《バベル》のすぐ近くにある。もしかしたら、もうそれなりに、塔内に浸水しているのかも知れない。《バベル》を降りるのは危険だ。
いや、そもそも。
出られるのかどうかさえ……。


「韮っち!」


甘藍の声でトランシーバーから視線を剥がした。ぞろぞろと気味が悪いくらいの人数。硝子たちが、「なんてハイカラな頭なの」「クレヨンみたいだ」「最早ミックスサラダ」などと宣うカラーリングの群れが、こちらへと押し寄せてくる。
その中で、緑のロングウェーブをした韮が、歌いながらやってきていた。
見るからに疲れている。最初の声量とは程遠い。足運びもフラフラで、今にも倒れて崩れそうだ。
あれだけの威力の歌を歌い続けてなお歩いて来たんだ。疲れているに違いない。足だけでも休めさせてやる必要があるのは極めて明確だった。

だけど。


「――――すまない、韮!」


俺は韮に向けて叫んだ。
韮は歌を止めない。
聞き惚れてしまいそうなその歌を歌い続けながら、俺に目を遣る。


「悪いが、お前を乗せられそうにない! このまま先に才知畑を出てくれ!」


甘藍は焦ったように視線を移す。
ああ。
わかってるよ。
韮は見るからにしんどそうで、汗もかいていて。
歌姫だなんて程遠い、そんな有様をしていた。
このままのスピードじゃ波に呑まれかねないし、体力だって持ちそうにない。
でもしょうがないじゃないか。


「フルボトル姉妹も……茄子も! 助けなくちゃいけないんだ!」


俺のその叫びに。
韮はどんな顔もしなかった。
自信に満ちた笑みも。
絶望したような顔も。
呆れたような顔も。
なにもしなかった。
こちらから視線を外す。
もうこっちを見ようともしない。
しかし。


「ッ!」


次の瞬間、また韮に声量が戻る。間近だと迫力が凄い。まるで歌が生きて細胞を湧かすみたいだ。
腹の中で震えてずどんとくるような歌声。
しかもそれは。
ホールのときよりも強く鋭く、――――疾い調べだった。
歌が速くなるにつれ、操られている畑仲間の歩みも速まる。異様な光景だ。
けれど。

フォルテ。
アジタート。
アレグロ。
マエストーソ。


「ッはははは!」


クレッシェンド!


「最高のプリマドンナだ、韮! お前以上の歌手を、俺は今まで見たことがねえよ!」


ハイスピードに流れ行く。歌も歩みも止まらない。緑の髪を靡かせて、スピードスターは出口へと向かう。

歌で、全身で、語ってる。
任せておけ。
まだ私のステージは、終わっていない。


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