ねぇ、萵苣、私ね。
萵苣のためになら。
死んだっていいよ。



*****



「湿気た顔しちゃってるねぇ、萵苣ってば」


凍えるくらいに高潔な紫紺の瞳が檻越しに俺を射抜いた。
どれだけ時間が経ったのか、今が朝の何時なのか、そんなことはよほども検討がつかない。
ただ俯いていた顔を上げると、茄子がいたことには、さほどは驚いた。
室内では無意味極まりない日傘をくるくると回して、熟れるような唇を尖らせている。俺はぼんやりと茄子を見つめた。相変わらず、笑わない。今も微妙に困ったような、そんな呆れ顔をしている。懐旧の友に呆れられるなんて、俺も落ちこぼれ果てたものだ。
自嘲気味に苦笑したあと、俺は茄子に言う。


「おかしいなあ、今の俺にはそんな水分はない筈なんだが」
「干からびきって?」
「その通り」
「今にも枯れそう?」
「だろうな」


俺は枯れてしまう。
目の前にいる紫雲母茄子の発表会とやらが始まったころに。
殺される。
しかし。
今目の前にこいつがいるということは、その発表会までにまだ時間があるということだろうか。茄子の性格上、遅刻は有り得ないだろうし。
俺は、試しに茄子に問い掛けてみた。


「茄子、今日発表会があるんだってな? お前」
「うげぇ。誰に聞いたのぉ?」
「五番目の《赤い実》さんだよ」
「ああ……あの蛇女か」


蛇女とはあんまりな暴言だ。


「あんまり、かな。僕はかなり的を射てると思うんだけどねぇ……萵苣、蛇苺って、知ってる?」
「知らねぇ。なんだ、文学か?」
「僕が文学の話ばっかりすると思ったら大間違いだよぉ? ……蛇苺…………、一般的にはまあ、毒苺、って言ったほうが聞き慣れてるかも」


毒苺。
それはまあ、なんともおどろおどろしい名前だろうか。
あの怪しげな、緋暮城苺味にピッタリだと思った。


「あはは、萵苣もやっぱりそう思うか。響きがまずねぇ……。毒はいけない。毒は毒だ。少量なら薬になるとも言われるって甘藍が言ってたけどねぇ」
「甘藍か……元気にしてるか?」
「勿論。韮もだよぉ。あの二人は相変わらずだ。……会いたい?」


首を傾げて、茄子は問う。
俺はじんわりと笑った。

会いたくない、といえば、嘘になる。会いたいに、決まってる。目の前にいる茄子と同様、ずっと友達だったんだから。

でも。


「いや………いいよ」

「“死ぬ決心が鈍る”から?」


そのとき、俺は強く息を止めた。茄子は曖昧に笑った。
茄子は俺がビターに狙われたことを知っていた。殺されるはずの俺が捕われているこの檻に来たということは、俺がなんらかの条件で生かしておいてもらえることを知っていると仮定出来る。
ただし。
その条件内容と、俺が条件を拒んだことを、茄子が知っているとは限らない。
緋暮城苺味は言っていた。茄子の心理状態を慮るため、茄子の発表会と同時に俺を裁くと。
だから、普通に考えて。
俺が“死ぬ”ということを、茄子は知らないはずなんだ。

俺は「あっ……」と吐息を漏らした。僅かな目眩で頭から血の気が引く。


×/

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -