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「こんな夜中に誰か来たと思ったら、貴方、緑川萵苣さんじゃないですか。しかもそんな大層重そうなタイヤを持って。大変だったでしょう。ああ、それよりもお久しぶりですね。いやいや、そんなに久しぶりでもないですね。我がウラオモテランドにいらっしゃったのは昨日のことですし。あのときはお仲間の方々もいらっしゃったのに、出国はお一人でなさるんですね……愛上尾愛さま、回遊魚さま、花瓶硝子さま、ハニー・フルボトルさま、シュガー・フルボトルさま、皆さんとは別々ですか? なんといいますか物悲しいものがありますよね…………え? もちろん覚えていますよ。貴方みたいな緑色の髪をした人は珍しかったですからね。才知畑出身であるのに、入国審査の質問――私たちを“落ちこぼれ”と思うか――という質問に、思わない、と答えてくださった方も」
「なるほど。気付いてたってわけかよ、風招小栄くんや」


これでも守衛なんで、と。風招小栄は超然とした笑顔を浮かべる。暗闇が有象無象に乱反射してほとんど顔は見えなかったが、近くを薄く照らしているランプで口元はなんとか見えると言った具合だった。

――ウラオモテランドの出入国門の前。

俺はレタス号三世に取り付ける為のタイヤを携えて、俺尾宅を後にした。今頃四人は布団の中ですやすや寝ているはずだ。そうであってほしい。出て行ったことに気付かれたなんて、そんなダサいことにはなりたくない。


「ええ。あと、紫雲母茄子さま。彼女も才知畑の方でしょう?」
「…………イエス」


紫雲母茄子。
懐旧の友人。
何故アイツがここウラオモテランドにいたのか。
なんであんな悲痛げな声で「早く逃げて」と言ったのか。
それは数時間前やっと判明した。
俺は、真上を。
壁に覆われて空の見えない、檻みたいな天井を見遣った。


「アンタらは、やっぱり、《エデン》のことを憎いと思うか?」
「空を奪われ、土地を奪われ、憎まずにはいられますか?」
「……妄言だ。気を悪くしないでくれ」
「お気になさらず。今では、ここが立派な居場所ですから」


俺は肩を竦めた。
ウラオモテランドの連中は、気丈に生きているみたいだった。

《エデン》は。
空も土地も得たというのに、絶対隔離されたみたいに、分厚い壁で覆われている。空も見えない、何も見えない。
そんなものは、知識に必要無いから、と。
これじゃあ、ウラオモテランドの連中が報われない。


「それよりも、萵苣さま」
「あ? なんだよ」
「大丈夫ですか? 貴方」
「えっ?」


苦笑しながら、顔を指差して。



「泣きそうな顔をしている」



そして、俺は、弱く息を止める。
そのまま俯いて。
でも、前を見据えた。
下を見つめていたら、流しちゃいけない何かを落としてしまいそうだったからだ。


「これから、さ……逃げて死のうか、逃げずに死のうか、迷ってるんだよ」
「死なない選択肢は?」
「ねぇよ、そんなもん」


それこそ。
彼女を食べた時から。




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