「車が完成したら、私を乗せてほしいな。私と君と。ほら、何処までだって行けそうでしょ?」
「どっこも行けねぇよアホか」


俺はパイプチェアに座って脚をぷらぷらさせる林檎に、溜息をつきながら返した。ハイソックスを纏った柔らかそうな脚が視界にちらつく。……ちょっとドギマギしたのは言うまでも。


「行けるってマジで! もしかして、萵苣って結構ネガ?」
「……ネガ?」
「ネガティブの略」
「ティブくらい言えよ」


随分と前から俺はレタス号三世の作業を諦めて、林檎にお茶を持て成している。
なんで会って一時間やそこらのやつにこんなかいがいしいことしてんだか。
俺はテーブルに広げられたスパナやナットやプライヤの手入れをしている。照明に照らされて、その愛具達は賑やかに煌めいていた。


「つか行けるわけねぇだろ、才知畑から外は別世界って言われてるくらいだ。まず才知畑は俺達が外に出ることを許さない。ちょっと外出てみりゃわかるだろ? 周りを囲んでるかってー壁。ここらドームで覆われてんだぜ? 完璧な閉鎖空間だろ」
「完璧な閉鎖空間……ねぇ。完璧なんて言われると、私、壊したくなっちゃうな」
「おっかない女」


ヒドいね、そう笑う彼女は、また一口お茶を喉に流し込む。
俺が歯車の数を「ひぃ、ふぅ、みぃ」と数えていたら、横から「三十二だね」と呟かれた。勘定が早すぎる……さっきチラッと見ただけなのに……。彼女の不気味さに立ち会って俺はげんなりする。

赤果実林檎の“神童”は、驚異の演算力と記憶力、閃きの速さや五感の認識速度や正確さ、様々な面に及ぶようだった。暇なときは、クロスワードパズルを正解とは全く別の回答でヒント指示通りに埋めるという、無闇に器用な遊びをしているらしい。俺の偏見かもしれないが、こういうインテリな奴は一人でチェスを勤しんでいるイメージがあったのだがそうでもないらしい。本人曰く、自分バーサス自分では、簡単に勝敗が着いてしまう、のだとか。どれだけ最良の手を毎ターン打ったとしても、大体三手目で結末が読めてしまうのだとか。頭が良すぎるというのも困り者だ。


「あとは匂い当てゲームだね。卵白と黄身の匂い分けに成功したのが最近のハイライト」
「犬か」
「わんっ」
「犬だった!」


軽やかに林檎は笑う。可憐な声が部屋中に広がった。彼女の肩が揺れるたび、パイプチェアが僅かにキコキコと鳴る。ミチリと響いたと思った頃には彼女は立ち上がっていた。


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