「この時期になったら、みんな発表会で頑張ってるじゃない? 最近私“頑張る”って感覚なくなって来てるから、懐旧しに来たんだよ」


棚にあったマウスの薇を巻いて床に落とした。キコキコと音を鳴らしながら近付いてきて、俺の太股を小さく小突く。

あんまり物に触らないでほしいんだけどなあ……。


「貴方は何を発表するの? その車?」
「えっ……」


いきなりの質問だった。
問い掛ける無邪気な眼差しは俺を貫く。

吸い込まれそうなくらい、真っ赤な瞳だった。でも野暮な禍々しさはゼロで、ルビーが煌めいているみたいだ。
首を傾げる。赤いショートカットもふんわりと揺れた。
瞬間、芳香が漂う。
その甘い香りはフリージアに似ていて、でもしつこくない上品さを内包させている点では薔薇のようだった。
――――甘い蜜の香りで、胸がいっぱいになった。

その瞬間、俺は、その身体全てを奪われる。

えぐられたみたいに神経を持っていかれて。
血は激しく煮沸された。
細胞は燃え上がるくらいに騒ぎ立てて。
目の前の《赤》に魅せられる。

渇いた喉に気付いた頃には。


「おーい」


林檎は俺の顔を覗き込んで、怪訝そうな顔をしていた。


「何思考のプールに永久ダイブしてんの?」
「……溺れてたんだよ……危なく窒息するとこだった」
「わお、面白いこと言うね!」
「受け売りだけどな。こういう言い回しが好きな言語学専の友達がいるんだよ」
「へえ」


と、林檎は頷いて、また首を傾げる。
多分催促しているんだろう。
さっきの質問を思い出して俺は肩を竦めた。


「違うよ」
「じゃあ何を発表するの?」
「何もしない」


林檎は目を見開いた。
甘藍や韮や茄子も、これくらい大人しい反応してくれたらよかったのにな。
俺は「何もしない」と、もう一度呟いた。


「ずっと思ってたんだ」
「うん?」
「なんで誰かに強制されて、知識をひけらかすような真似しなきゃいけないんだろうって」
「……………」
「そりゃあ、誰かに求められてるなら別だ。こうこうこういった理由でこんなものが欲しいんだ、って。そういうリクエストみたいなものがあって、それに応える為なんだったら話は別だよ。俺は喜んで制作に打ち込むし、いいものを提供しようとするだろう。でもなんだよ“定期発表会”って。腕試しでしかなくて見せびらかすことでしかなくて、結局は審査員の好みで決まる。やる意味がわかんねえ。もし新しい気体を発見したって、審査員が利点だと判断しなきゃ意味がない…………どんなに偉大な発明だって、結局は無意味なんだ」



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