才知であり最知。
正式名称と《エデン》する才知畑は実に閉鎖的な場所だった。
放射状に真ん丸く拡げられた敷地の中央に、《バベル》と呼ばれる巨塔が、威厳高々と聳え立っていて、そしてその巨塔よりも背高くエデン敷地内を覆うドーム状の壁が、克明にそれを物語っている。
閉鎖的で閉塞的。
それが、《エデン》――才知畑。


「お帰りなさいませ、茄子さま」


聞き慣れない声と口調に、紫雲母茄子は瞬いた。

ウラオモテランドから才知畑に戻った紫雲母茄子は《バベル》の螺旋階段を上っている途中だった。ビザンツ的な建築物で、大胆に穴開けられたような窓からは、畑仲間が今も切磋琢磨しているであろう実験所や居住寮が見下ろされ、ドームに遮られある筈もない月が擬似映写機によって投影されており、仄かな明かりとなっている。

茄子はゆっくりと声をした方に視線を向けた。今彼女が上る階段のその螺旋の先、自分とは対称の場所で立っている人間がいた。

真っ黒な、男だった。
擦り切れた目出し帽や傷んだロングコート。あちこちから包帯を晒したその顔も分からぬ男は、間違いなく昼間襲ってきた男だった。

才知畑には《オーマイファザー》という統率者がいて、才知畑の一切を管理している。《オーマイファザー》は《バベル》に住んでいて、部下や学者以外は寄せつけないので、こんな男がここにいるのは少し妙だった。

まあ。

雇われた殺し屋、と言うなら、その妙だって簡単に頷けるが。


「ああ……昼間襲い掛かってきた人ぉ……?」
「その節は本当に申し訳ありませんでした。まさかエデン研修生があんなところにいるとは思ってなかったので」
「いいよ別にぃ………僕があそこにいたことが悪いんだしぃ。貴方はただ《オーマイファザー》の命令に従ったまでだ」
「そう言っていただけると……」
「それよりさあ、その言葉使いどうにかなんないのぉ〜? 多分僕の方が子供なんだから……タメ口で話そうよぉ」
「……………」


男は暫く考えるようなそぶりをする。茄子は首を傾げた。
丁度、慣れないような喋り方をする敬語が耳に障っていたところだった。彼女は、間違った言葉やたどたどしく拙い言い方を使うことを何より誰より嫌う。耐えられないという風に眉を潜めたところで男は口を開いた。


「……本来なら、僕は依頼者の大事である君達に馴れ馴れしくしてはいけないんだろうけど」
「ぎにゅひふぁ、そんなの気にしなくていいよ」


割と静かめでテノールの混じった声だが、しかしやはり気丈な凛々しさや年相応の落ち着きを内包させているため、彼女は男の一人称に僅かな違和感を感じた。
しかしそれも些細なことであり、逆にその穏やかな口調が聞き心地の良さへと変わってくる。


「改めまして。僕は紫雲母茄子。言語学専の才知畑研修生だよぉ。最近は文学にも手を出してるけどねぇ」
「へぇ。更に知識を広げようとするなんて、流石としか言いようがないねぇ? 僕はビター=ジャッグレス。前任者が寝返ったことにより《緑川萵苣》の殺害を後任された殺し屋だ。よろしく」


その男の言葉に、彼女は顔を苦めさせた。


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