それは悲鳴だった。
悲鳴……女の金切り声。
そしてそれに続いてザワザワと呻き出す群衆。

俺は目を見張った。

群衆が少しずつ、わらわらと解れていくように、“何か”を避けていく。そしてその歩く“何か”は間違いなく人間だった。

多分、男。
擦り切れて使い物にならなくなっているであろう、真っ黒な目だし帽に真っ黒な服。全身が塗り潰されたように黒い服装だが、ただ擦り切れたところから覗く顔や四肢の素肌は、真っ白な包帯に包まれていた。おかげで顔がよく見えない。
体躯は屈強なものだが、その割には華奢で、近似したイメージとしては魚や切磋琢磨が当て嵌まるだろう。
そんな人間が。
右手に、大きく鋭いシャベルを引きずっていた。鋼鉄で造られたそのシャベルが地に擦れ、嫌な音を響かせている。そして、その酷く暴虐的なシャベルには――――思わず目を逸らしたくなるほどの血がこびりついていた。


「……………ッ!」
「な、アレ……なんだよ」
「く……っ、逃げるよぉ!」


俺の腕を掴んで直ぐさま駆け出した茄子。それに硝子も続く。タイヤを持つ俺のスピードは大したものではなかったがそれでも懸命に走った。
全身包帯塗れの黒男はシャベルをゆっくりと翳し上げて歩幅を狭め近づいてくる。
周りの群衆の悲鳴がいっそう大きくなる。子供の泣き声まで聞こえてきた。

俺は情報の処理に置っつかないことから足が僅かに縺れた。どたどたと不格好に走る俺に、茄子は言う。


「後ろの子、ついて来てるけど、萵苣の仲間だと思っていいんだよねぇ……っ?」
「ああ!」
「ぎにゅひふぁ! 仲は人の中にあり。萵苣にもちゃんと味方が出来たんだねぇ……!」


ほっとしたような表情を見せた茄子。ヒールの高い靴が走りにくいのかしんどそうに息を切らす。


「にしてもぉ……っ、フルボトル姉妹は、どぉしたの……!?」
「ハニーとシュガーっ? ああ、あの二人な。殺されそうになったぜ畜生! 覿面に死にかけた。ところがどっこい生きている!」
「知ってる、僕が聞きたいのは、なんで二人と一緒にいないかってことだよぉ!」
「はあ!?」
「ニブちんだなあ気付かなかったの萵苣!? ウラオモテランドに来ても誰にも殺されなかった理由まだわかんないのぉ!?」
「え、待て、俺なんでここに来てまで狙われてたんだよ!」
「フルボトル姉妹が、萵苣のこと警護してたからだよ!」


そこで俺は、強く目を見開く。

ずっと。
ずっと不思議に思ってた。
俺を殺しに来た筈の二人。
見逃してくれた筈の二人。
もう、用も無い筈の二人。
何故だかついて来た二人。
そうか。
そうか。
合点がいった。

二人は優しい殺し屋。
瓶いっぱいの蜂蜜と砂糖を詰め込んだような、甘温い双子。

二人はずっと。
俺を守っていてくれたんだ。

自分が見逃したことにより、新たな刺客に狙われる可能性のあった俺。だから二人は俺が殺されないように、ずっとずっと、着いて来てくれたんだ。


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