「“陳腐”と“チープ”、意味も響きもほぼ同一な、和洋折衷を感じさせる見事な単語だと、はじめて気付いたときにあたしは感動にうち震えたものよ」


スケベ女は平坦に呟いた。
車の前で鎮座、いや、座ってないから鎮立? なんでもいいよ、とにかく突っ立ってる男は、俺達を怨みがましそうな瞳で見つめている。その妙な膠着状態に、スケベ女の言葉はぬるりと染み込んでいく。


「他にも、“好き”をひっくり返せば“キス”だったり、語学って学べば学ぶほど知れば知るほど奥が深いのよねー。だから、あたしは、言語を糧とするコミュニケーションには果てが無いのだと、思ってはいたのだけど……」


そこで彼女は妖艶に笑う。まるでミルクを溶かしたような柔和な笑みだった。
しかし。
その笑みには不釣り合いな。


「目の前の木偶は何を言っているのかさっぱりだわ」


悪意の見え隠れする言葉を吐く。

スケベ女は、自分をどれだけ悪く言われても怒ったりすることはまず無いが、邪魔されることや遮られることを嫌うフシがある。そのせいか、彼女の笑みには心なしか鋭利が見られた。


「お前らだろう。この街をこんな目に合わせたのは」
「コンソメに和えてはないぞ」
「俺は知ってるんだ」
「痴れてる、の間違いなんじゃないのか?」
「とある女から話は聞いている」
「俺たちの話は聞いてくれないんだなアンタ」


窓ガラス越しなのをいいことに、萵苣は暢気な切り返しをする。相手の声は野太いせいか聞こえてくるが、多分俺達の声は聞こえてはいないだろう。


「俺はお前たちを許さない」
「許さなくていいから退けよ」
「お前たちの、罪の重さを知れ」


そこで、その目の前の男は、その姿にお似合いな、死刑用のアックスを振り上げた。


「っ!?」


萵苣はすぐさま座席の背もたれを倒す。その瞬間、正に目と鼻の先を、厚く鋭い刃は掠めた。巻き込まれたガラスは音を立てて車内に散乱する。
薙ぎ払われたアックスは潮を引くように車内から失せる。しかしその後、第二波は容易く訪れた。

俺は萵苣に目配せをして、二本の刀を握る。

後部座席から身を乗り出して、振り下ろされたアックスを二本の刀で弾いた。


「なっ!」


――ああ、こいつダメだな。
俺は直感で悟る。
アックスの扱いは小慣れているにしても、多分この男は実戦経験がない。というよりは、過去にアックスを戦闘目的で使用したことのないタイプの人間だ。たどたどしさが無い割に動作に機敏が見られないのはそれが原因だろう。だから、戦闘には弱い。戦闘には、実戦には、殺人には、―――弱い。

そのまま全開した窓をくぐり抜けて、後退した男に向かい立つ。男はまたアックスを振りかぶるが、それは大した脅威じゃない。そのままゆるりとかわして刀身を脇に滑り込ませた。

ぴたり。

奴の動きは止まる。


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