――あたしは、今でも鮮明に覚えている。そもそも、忘れたことさえ無い。

あの、身を焦がす冷厳な痛みも。
あの、身を窶す未知数の想いも。

冷気を剥奪されたように全身が熱かった。激震とも言えるほどに意識は揺れて覚束なかった。酸素と二酸化炭素はこぞって鬱蒼たる熱を叩きつけてきた。全身は獰猛な剣で貫かれたように激痛して崩落しそうだった。

息をするのも苦しくて。
生きてるのも苦しくて。
逝き往くのも苦しくて。
八方塞がりに、苦痛があたしを蝕んだ。

よく、“死にたい気分じゃなかったか?”と聞かれるが、全くをもってしてそうじゃない。そんな不満や非難は、一つたりとも当てはまらない。あたしは、ただ――――――生きたい気分だった。


“君が戦争谷騒禍ちゃんだね”


彼は、言う。


“はじめまして――――死んだ顔色をした君の、そのご機嫌はいかがかな?”


それはまるで、神の言葉だった。


“君を、救いに来たんだ”


あたしが涙を流したのは、きっとこれが最後のことだ。



*****



「おー、騒禍、久しぶりだな。約一ヶ月ぶりか。相変わらずなよったくて細っこいお前の、そのご機嫌はいかがかな?」


砂場砂地(すなば・すなち)は医者である。
あたしの死に至る病を治してくれた、天才医師だ。
ハネ気味の髪に野暮ったいヒゲ。奇抜な色と柄のスーツに、慰み程度に腕を通された白衣。下品な笑みのよく似合う、あたしのクソキショい命の恩人サマだ。


「あはははははっ。いかがも何も絶好調だよ、せんせー」
「嘘つくな。今のお前の体調は中の下ってところだ」
「よくわかってるね」
「あたぼーよ。俺、いつからお前看てると思ってんの?」


あたしの部屋に入ってきた先生は椅子に座る。あたしも椅子を並べて真ん前に座った。

三月には現在クローゼットに隠れてもらっている。
いいねー、こういうスリリングな隠し事って。ワクワクしてくる。
あたしは内心でほくそ笑みながら先生に向き直った。


あたしは小さい頃、死に至る病に身を蝕まれた。
どんな空気でも内臓は爛れ、どんな食事でも吐血を繰り返し、歩いただけで骨は折れ、直射日光にもめっぽう弱く、脚から全身が腐っていくような、そんな厭らしくも稀有な病に、あたしの今までの人生の約三分の二は剥奪されてしまった。
しかし、それを三分の三に至る前に治療してくれたのが、この汚らしいオッサン医師というわけである。

いや、汚らしいというか。
汚らわしい、が正解だが。


×/

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -