人は誰しも、何かから逃げなきゃいけないときがあると俺は思う。その、逃げなければいけない“何か”ってやつは、人によって様々だとは思うけど、それでも逃げなきゃいけないときはある。魚は逃げるという行為を推奨しないタイプらしいが、俺は大いに推奨しよう。
逃げろ逃げろ。
逃げなきゃどうにもならないときとかあるんだよ。
人間、危険だと思ったら逃げりゃいいんだ。
自分が悪かったって。
自分以外が悪かったって。
誰もが悪かったって。
誰もが悪くなかったって。
人間には誰しも、逃げる権利があるはずなんだ。


「大体考えすぎなんだよ魚は」
「…………そうかな」
「そうだって。大体何かから逃げてる時点でタダモノじゃないってわかってんだぜ? 別に奴隷とか気にしなくてよかったんだよ」
「…………そっか」


持って飲むにはこぼすのを気にして躊躇われてしまうほどに、コップになみなみと注がれたジンジャーエールを、魚はひたと唇だけをつけてちびちびと飲んだ。
水飲み鳥みたいで、なんとなく愛らしい格好になってきた。どことなく笑いが込み上げてくる。

今俺たちは昼食を取っていた。チーズがたっぷりっ乗せられたピザだった。
路端でモノを売るタイプの、展開された営業車。そのカウンターに腰掛けて、俺たちはピザを頬張っていた。
営業車は黄色を基調としたカントリーなデザインで、なんとなくダサかった。でも硝子がこれを見た瞬間「いい雰囲気ね」と言っていたわけだしきっとそうなんだろうな。俺はどうやらセンスがよろしくないらしい。


「お前が奴隷で親ももういないからって、それを負い目にしなくていーんだよ」
「ふぅん……」
「第一、それ言うんなら、俺は親いるかもわかんねーって」


魚と硝子は目を見開いた。しかし硝子は魚の驚きようとは少し違うものだった。


「あら奇遇ね」
「んあ?」
「あたしは逆よ」


“母親が二人いたわ”と、優雅にレモンティーを飲んだ。
硝子のナスのように艶のある髪が風で揺れた。


「なんだこれ。俺達みーんな残念なタイプの身の上かよ」
「うふふ、わかりきってたことじゃないの」


その言葉に魚は少し笑った。

最近。ディスパラノイア街の一件から。魚が笑うようになった。口角を上げて僅かに目を細めるという単純な行為だったが、何分俺は魚の笑顔を見たことがなかった。
だから、もし自分のことが片付いて笑えるようになったんなら、それはとてもいいことだと思う。ところで魚、口の周りにチーズついてるぞ。


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