「喧嘩誘発屋? 何だよそれ。初耳だけど」
「あたしも。聞いたことないわ」
「んーまあ、平たく言えば絡ませ屋。意味はわかるよね? 要するに、他者と他者を喧嘩させるのが仕事」
「ハァ? そんなんで仕事になるのかよ?」
「なっちゃうんだよねー、これがさ。世も末だよ。“喧嘩”って言い方じゃわかりにくいから言い換えるよ――――――戦争誘発屋」
「…………なるほど、なあ」
「互いに潰し合ってほしい人間達を、意図的に計画的に打算的に、衝突させることが出来る………………そんなことが出来るならかなり稼げるでしょうね」
「あとは、自分と他の人間とでドンパチしたいとき? 自分から攻撃を仕掛けちゃ体裁がどうのーって人が、相手からの攻撃の正当防衛を理由としたら、心置きなく抗争出来るじゃない?」
「無理矢理だ」
「無理矢理だよ。でも、それを無理矢理じゃなくナチュラルにさせるのが喧嘩誘発屋、絡ませ屋なんだ」
「でも、愛。正直、あたしたちが何故その喧嘩誘発屋に気をつけなきゃいけないかがわからないわ」
「根無し草、無一文、おまけに逃亡一味ときてる。喧嘩誘発屋に縁はねぇし、衝突させるような人間も動機もねぇだろ?」
「無いね。まず無い。萵苣くんや魚くんはともかく、硝子ちゃんみたいな美人を恨む人間だってまずいないよ」
「あら、正直ねー、愛」
「えへへ」
「もういいか、アホ二人」
「で、だね! 何で硝子ちゃんや萵苣くんや魚くんが、その喧嘩誘発屋に気をつけなきゃいけないかっていうとね。喧嘩誘発屋は、争いごとが大好きなの」
「……………?」
「今までに起きた世界戦争、地域紛争、国内抗争。その全ての黒幕が喧嘩誘発屋だ、って……そんな巷談俗説がまかり通っちゃうくらい、争いごとが好きなの。戦争好き、喧嘩好き、乱闘好き――――わかる?」
「……………」
「喧嘩誘発屋にとって、戦争を起こすことは“商売”じゃない、むしろ“趣味”に近い。ただ偶然にも自分の趣味が儲かるからお金を取ってるだけなんだよ。だから、無関係で無一文で無利益だとしても、喧嘩誘発屋は動く。多分別の職についたところでそれは変わらないだろうね」
「タチ悪ィ」
「その通り! だから君たちは最大の注意を払わなきゃいけない。目立たず、尖らず、派手らずに、なるべく隠密に動いて喧嘩誘発屋の目から逃れなきゃいけない。目についたら終わり、そんなレベルなんだから」
「目についたら終わり……」
「…………………」
「ぷっ! でしょ? 君達には無理だよねー。滞刀した軍兵、ヘルシーな真緑人間、絶息にして絶世の美女。人目につかないのはまず有り得ないよ」
「硝子はともかく魚もまだよしとして、なんで俺は“ヘルシーな真緑人間”なんていう、結構大胆に屈辱的なキャッチコピーがついてるんだ」
「ああ、ごめんね硝子ちゃん、愛ちゃんのお粗末な脳みそじゃ、硝子ちゃんの美貌を正確に表現する言葉が見つからないの!」
「いい線言ってたわよー、その調子でこれからもよろしくね」
「しょ、硝子ちゃぁん…………」
「無視かゴルァ」
「でも、その喧嘩誘発屋さん、どんな容姿なのかしら。それぐらいわかれば対処の仕様があるじゃない?」
「そっか。彼女の容姿を大まかに説明しよっか?」
「…………彼女?」
「うん」
「………女なの?」
「うん。女。そんで美人」
「硝子とどっちが美人?」
「愛ちゃんも会ったことないから一概には言えないけど、硝子ちゃんよりも美人な女がいるわけないじゃん」
「……………」
「ヒッチハイクった人も風の噂で聞いたことあるくらいみたいだったし、でもまあ、大体の容姿はわかるよ?」
「ふぅん」
「“目も眩むような艶やかなプラチナブロンドに深い叡智を湛えたような蒼碧の瞳。その名の通り、傾国のテロリストだ”ってさー」
「傾国、ねえ。……上手いこと言いやがる」
「でもホント、注意しなよ? 喧嘩誘発屋は、携帯さえあれば五分で戦争を起こせる、なんて噂もあるんだし」
「噂は噂じゃないの?」
「そんな噂をたてられても鵜呑みにする人がいるくらい、ヤバいってことなんだよ」
「………………」
「………………」
「だから、いい? 魚くんがいれば、大体の争いごとに巻き込まれても怪我はしないだろうけど、絶対に気をつけて。多勢に無勢とかだったらいくら魚くんでも危ないよ?」
「まあ、そうね…………」
「金髪碧眼の美人には気をつけてね。暴れず、目立たず、際立たず行動すること」
「うん、了解」
「あははっ、じゃあ大丈夫かな」


愛上尾と二人が会話するなか。
俺はただ一人、


「何度も言うけど。喧嘩誘発屋――――戦争谷騒禍(せんそうだに・さわか)には気をつけて」


何も喋らずに、蒼碧の空を眺めていた。


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