信者やだ | ナノ

エピローグ

「やっぱりこの労働環境を改善するには、課の全員……いや、部の全員がぶっ倒れて、病院に搬送されるくらいのことをするしかないと思うんですよね……それくらいの事件でも起きないと、上はまともに取り扱ってくれないんじゃないですか? というわけで、俺からは半死半生作戦を推しておきます」
「冗談じゃない」
 僕はそうコメントした。
 いくらなんでも、これ以上死にかけるわけにはいかないのだ。
 星の瞬くある日の夜。僕は諦くんに支えてもらいながら、仮眠室へと向かっていた。そろそろカフェインが切れてきて、ステイアッパーズハイもハイエンドを迎える。気づいたときには地獄という寸法だ。それを回避するため、ふらふらの体を鞭打って、なんとか仮眠室のベッドまで行こうとしていた。仮眠の許可は、ちゃんと周囲から得ている。
「やっぱり……俺、残ったほうがいいんじゃないですか? まだなんにもできないけど、」彼は呆れたように言った。「古淵も言ってたけど、この職場、明らかに人手が足りないんだから」
「それはだめだ」
 語気を強くしようとしたら本当にゾンビみたいな声が出た。
 僕も彼も驚いて、数秒、時が止まる。
 それから僕はもう一度「それはだめだよ」と告げた。
 正常な音が喉から漏れ、止まっていた時が動き始める。
「もうすぐ夕飯の時刻だろう。君は施設に帰るんだ。そして、また明日、ここで仕事を手伝ってくれ。いいね」
「……いいけど」彼は拗ねたようだった。「本当に大丈夫なんですか? 囃子崎さん、死んじゃったりしません?」
「縁起でもないこと言うな」
 彼は僕の代わりに仮眠室のドアを開けてくれた。僕はその好意にありがたく甘えさせてもらい、仮眠室に入る。一番手前のカプセルベッドへと身を潜ませて、布団を首まで被った。
諦くんは僕の枕元に両肘をつき、僕の顔を覗きこむ。
「囃子崎さんは、後悔してません? 俺を生かしたこと」
「誰がするか」僕は切れ気味に言った。「なんでいきなりそんなこと言うの」
 彼はほんの少し頬を膨らませた。毒っぽい黒髪の隙間からは、責めるような瞳が覗いている。
「だって、こんなに忙しいのって、俺のせいってのもあるんじゃないですか? 仕事教えたり、できないところをカバーしたり。俺、馬鹿だけど知ってますよ。中途半端なやつを入れるほうが、かえって仕事は進まなくなるんですよね」
「忙しいのは前任者の引継ぎやらなんやらがあるからだ。いつもこんな感じだし。仕事を教えてるのは亜豆花ちゃんだから僕に対した苦は発生してない。あと、君は思ってるほど馬鹿じゃない。馬鹿な人間が、半死半生作戦みたいな卑怯な手段を思いつくもんか」
 僕がそうおどけてみせると、彼は少しだけ安心したように表情を緩めた。
 どうやら、僕は知らないうちに、彼を不安にさせてしまっていたらしい。たしかに、最近は亜豆花ちゃんに丸投げして、彼にかまうことができなかった。もしかしたら、避けているのではないかと誤解した可能性だってある。こうしてゆっくり話すのは、久しぶりな気がした。相談室で話していたころが、懐かしく感じられる。
 しかし、彼には悪いことをしてしまった。
 せっかく生きようと、現世で幸せになろうと前を向いてくれた彼を、幸せにするどころか、不安にさせてしまうだなんて、まぬけもいいところだ。
 伝えなければ。
 僕の信じたこと、彼の信じたことが、どれだけ素敵なことなのかを。
 僕は努めて優しく、彼に語りかけていく。
―――ただ一つ、生まれ変わっても変わらないことを君に教えよう」




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