《エピローグ》1/1


 ナルくんの言葉を「泣かないもん」と受け流し、私は甲殻を休止状態にした。
 ナルくんが消えるわけではないなんてわかっているけれど、この行為をするとき、私はひどく不安になる。話しかけても答えのない機械に戻ってしまったその姿は、まさしく、インストールの完了を待機していたときの甲殻そのものだったから。
 怖くなって、じっと覗きこむ。顔をぐっと近づけ、いろんな角度から観察し、一通り眺めて満足したあと、腰に装着する。不安になるのはやめよう。次に起動させたときに、彼を心配させてしまうだけだ。それに、彼ならきっと、私のそばからいなくなったりしないはず。背負う重みに喜びが止まらない。
 私はカバンを持ってリビングを出る。
 玄関で靴を履きながら、うっとりと目を瞑った。
――降霊式のときのことはいまでも覚えている。
 私なんかのところに降りてきてくれるのか、不安で仕方がなかった。ちゃんとした覚悟と誇りを持ってあの場に立っていたはずなのに、私は俯いてばかり。本来の私とはあんなふうに弱い人間で、クラスメイトを不快にしてしまうような、だめな生徒なのだ。

――だからあの光を感じたとき、私の心は壮絶に震えた。

 言葉を尽くしても表せない。
 この世のなにものにも換えがたい。
 嬉しくて嬉しくて、痛いほどに幸せで、ずっと失くしていたものをやっと取り戻せたような、そんな心地がした。
 鍵を持って家を出る。ガチャン、と扉の閉まる音がした。今日の天気は雨のち晴れ。早朝に集中して降ったせいか、これから降るような気配はない。ほんのりと湿った空気は涼しかった。いよいよ夏が始まるというのにずいぶんと心地好い。雲が多いおかげでなんとなく薄暗いけれど、きっとこれから晴れていくだろう。鍵を閉めて一歩踏みだせばまばゆさが目に沁みた。悲しげな空を裏切るような、金色の朝陽。

 ありがとう。
 あのときの感動が、いま、忘れられない。



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