五年前のとある日 1/1


 北端の芥地区は今日も曇天。
 天気がよくないわけではない。どれだけ青々と空が映えど、町中を漂う大気汚染物質がその彩度を奪うのだ。
 発展していく国の汚穢を一身に押しつけられたかのように、ゴミは溢れ、流浪し、それ以上に人間は無価値になった。ときたま降ってくる都会のゴミを貪って生きている、行き場のない者たちが集う場所。それこそが芥地区だった。
「――私たちに価値はないと誰かが言うなら、その価値を作ってやりましょうよ」
 ぽつんと水面に落ちた石のような声。誰ともなく思いついたことだったけれど、初めに言ったのは年嵩の少女だったと思う。ここには親と呼べるような人間も信頼できる人間もいないから、ずっとこの少女がまとめ役をしてくれた。
 お互いに顔を見合わせながら五人ほどの少女たちが次々に口をほどかせていく。
「うまく……いくかなあ」
「どうせ無理だよ。このかわいい絵本を描いたひとたちだって、私たちにゴミを落としたり、吸えない空気を作ったりしてるんだから」
 少女の一人が持っていたボロボロの絵本の表紙を撫でた。いつか空から降ってきた千切れかけのそれを、みんなで囲んで読みあった日はいまやもう久しい。字が読めなかったからなにもかもが絵から得た妄想だった。思い描いた物語が本当に正しいものなのかは誰にもわからなかった。ただ可哀想な女の子が特別なひとを見つけて幸せになる、という物語。ただの物語。お伽話、伝説もいいところ。
「でも、もうこんなところにはいたくない。もう苦しい思いもしたくないよ……」
 当たり前だと、力なく彼女たちは頷いた。
 どうして私たちがこんな目にと思ったことは一度や二度ではなく、夢も希望もない世界を憎んだことは三度や四度では足りない。貧しい心を、飢えた体を、汚らしい執念を引きずってまでいままで生きてきたのだ。惨めな思いをするのはもううんざりだ。絵本のように美しい空は本当にあるのだろうか。ハッピーエンドという言葉の本当の意味を知れるのだろうか。地獄に終わりは来るのだろうか。
「ほら……こう考えてみて」
 一人の少女が両手を広げて語る。
 その動きにつられるように少女たちは俯いた顔を上げた。
「この体の硬いところは世にも珍しいきらきらの石。きっとどんな価値にも替えがたい宝物。そして誰かが噂を聞くの。手に入れればきっと幸せになれるって。その誰かのうちの、ちゃんと応えてくれたひとが特別なひとなの。お姫様みたいで素敵でしょ?」
 彼女はいっとう烈々とした眼差しを持っていた。この淀んだ世界に似つかわしくない夢に縋りつくような、情熱の色。
 ずっとずっと夢見ている。このくそったれの世界の中で、本当は願い続けている。どん底から抜け出すためならどんなことだってしてみせる。
 それは誰にしてみても同じだ。

 かくして、五年前のとある日に、《栄光の少女》という伝説は生まれた。



■ / ■  



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -