一つの合理的可能性 3/5


「……これ全部、三セット目開始と同時に襲ってくるんだろうなあ」
 一時停止した大量の獲物たちを見回す。原則インターバルの間は稼働しない。コントロール室のひとたちが仕掛けの動きを止めてくれている。けれど、三セット目が始まると一気に飛びかかってくることは目に見えている。私はそれに備えてハルバードを構えなおした。
 ラギは小さく吐息して、メイスを宙に放り投げた。くるくると柄頭を軸に回転、そして落下する。持ち手である柄ではなく、わざわざ柄頭を掴んで、両手で構えた。彼は装飾の一部である突起に触れてくいっと押した。
 するとだ。今までメイスだった形状が展開するように大きく開いていく。異様な光景だった。その質量はどこから来ているのかと頭を抱えるほどの大きさまでに膨れ上がり、柄だった部分は重みを増していく。すっかり展開しきったころにはメイスから姿を変えていた。そう、メイスじゃない。これは――何本もの銃身を持つ、ガトリング砲だ。
 三セット目開始のブザーが鳴る。
 それと同時にラギは射撃した。
 超絶的鮮烈、眩むほどの強発光。
 毎秒何十発もの発射速度、大量の射撃攻撃は、ほぼ一瞬で獲物を蹴散らす。とんでもない音量の撃鉄音。鼓膜が破れそうだった。ぐるりと体を自転するように、銃口を三百六十度回し終えれば、あれだけの数の獲物も跡形もなく消えていた。
 三セット目終了のブザーが鳴る。タイムは、八秒。
「チートすぎる」私はぽつりと呟いた。「すごいね。その武器、どうなってるの?」
 私が触ろうとすると、ラギはガトリング砲を庇うように持ちなおした。
「銃身には触らないほうがいい。連続射撃による熱が相当溜まってるはずだから。火傷でもしてハルバード握れなくなったらどうするの? 僕のせいにされても困るんだけど」
 私はすごすごと手を下ろした。だけど、目線はガトリング砲に向けたままだ。私の視線があまりにもしつこかったからか、ラギはとても面倒くさそうな顔をした。
「これ、ラギが考えたの?」
「発想はマカ教官から」
「マカ教官? バル教官からじゃなくて?」
「バル教官に教わる前に師事してたから。武器改造による多種多様な攻撃、及び長・中・短の全距離からの攻撃がマカ教官の戦闘スタイル。その教え子もそれに倣ってる、ガジとかね。僕には合わなくてバル教官に教わるようになったけど、どうせ機動力のために銃器も扱うなら、両面持つ武器にしようと思ってこれになったんだよ」
 可変式ガトリング砲メイス。打撃用のメイスと大量発砲のガトリング砲の両形態を持つ。なかなか武骨なメイスだと思っていたけど、それはおそらくガトリング砲形態時の質量によるものだろう。長所はさっきのように一度に多くのピンキーを討伐できる点。短所は形態変化に時間がかかる点、あとは、射撃後の熱が冷めるまで元の形状に戻せない点か。メイスに戻しても、最悪内部で熱が溜まって故障や融解を起こす可能性がある。
「ここまでの武器改造ができるなら、水冷機能をつけるのもありかもしれないね」
「水冷?」
「それって自然冷却だよね?」
「ああ……そうだね」
「どこかから水引っぱれるノズル取りつけて冷ますんだよ。周りに水源さえあればもっと早く冷ませるし、実戦のときだって町中に川とか噴水とかくらいならあるでしょ? 技術屋にできないか頼むのもいいと思う」
 私はガトリング砲を手の平で扇ぎながら言った。
 なかなか冷めないので、歩きながら冷めるのを待つことにした。
 訓練所を後にして寮に戻ろうとする道中、かなり人目を集めていることに気づく。最初はラギのガトリング砲が目立っているのかと思っていたがどうやらそうではないらしい。視線の高さや角度から、みんなが私を見ているのがわかった。どういうことだ。しかも視線の質が悪い。好奇とでも言えばいいのか、その眼差しには怪訝の色が伺えた。
 私はハルバードを脇に挟んで、顔を両手でペタペタと触る。
「うーん……」
「なに、顔が粘土みたいになってるんだけど」
 不審そうにラギは眉を顰める。その目は私にではなく周りに向けるべきだと思う。
「にしても……ラギってすごいんだ」
「……は? え? なにが?」
「訓練のタイム、八秒だって。士官学校最速記録じゃない?」
「……運が良かっただけ」ラギは微妙そうな顔をして言った。「大勢を目の前にしてるときでないとあんな攻撃はできないよ」
 ああ、なるほど。ピンキーを探しだす必要のないとき、あんなふうに目の前に現れたときは、確かに一番いいやり方だろう。しかしそうでないとき、たとえば、ピンキーを自力で探しださなければならないときには、木々や建築物を破損させる可能性もあるし、なにより効率が悪い。しかもあの大きさのガトリング砲を持って戦うのは難しいだろう。あれはその場で腰を据え、最低限の所作で済むタイミングでしか使えない。事実、ラギはあの場からほとんど動かなかった。
「そう言う君はどうなの?」
「私?」
「あのサヨと言ったら士官学校内でも有名人。第一回目のパトロールでも活躍した優等生、被害者数をゼロで抑えた英雄。実際に退桃士になったとしてもスピード出世は間違いないでしょ。そんな君にすごいって言われても、厭味としか思えないんだけど」
「私のどこがすごいの」
 ぽつんと呟いた。ラギは呆れ顔で私を見て、するとどういうわけか、みるみるうちに表情を変える。すごく間抜けだった。
「君が気にしてるのはこの前のパトロールのこと?」意外そうにラギは言った。「君っておかしなひとだよね。あんなの失敗でもなんでもないでしょ」
 あのことはラギにとっては失敗ですらない。私にとってはそれがショックだった。
「むしろあの日だって君の株は上がるばかりだったと思うけど。マカ教官も褒めてたって聞いたし。あんな状態で生き残ったこと自体が評価されてしかるべきことだ」
「どうして? 二人も死んじゃったのに」
「君、学年次席のくせに平均被害者数も覚えてないの?」ラギは私を馬鹿にするように言った。「六。と小数点加えて九。四捨五入すれば、七人。訓練生とはいえまだ子供、見習いだ。あの功績は奇跡だよ。今回君が生き残ったのだってすごいことなんじゃない?」
「そうなんだ」
「うわ。他人事。あのね、君も知っていることを承知で言うけど、実際の平均被害者数はもっと多いはずだよ。退桃士の戦死は被害者数にはカウントしないから。地下で身を匿っていればいい一般人とはわけが違う、最前線で戦う兵士はもっと死んでるんじゃない?」
 たしかにそれは授業でも習った。私たち訓練生や一般人は被害者として扱われるが、退桃士はそうではない。大量死の報道が私たちの心臓(ハート)にどんな影響を与えるかわからない。その旨も考慮して一般公開されないことになっているのだ。なにより戦死は栄誉の死とされる。悲しみの一切を纏わせない。習っているよりも、きっとずっと、戦死は静かに忘れ去られていく。
「ちなみにラギのほうはどうだったの?」
「三人、新卒だったとは言え、現役の退桃士が踏みつぶされた。前のパートナーも」
「前のパートナー」
「そう。君のとおんなじで死んじゃった。馬鹿みたいな死にかただったよ。応援が来たあとにどてっ腹食べられて。ビビリのくせに、はりきったりするから」
「出現要因は?」
「無事保護したよ。一度に大量注入したおかげで。いまも元気にしてるんじゃない?」
 ラギのほうは応援も早く到着したのだろう。第一処置も的確だったに違いない。被害者数を聞いた覚えはなかったが、そう数もなかったのではないだろうか。出現要因も生きていることだし。私は聞きながら彼との違いをぼんやりと考えこんだ。
「でも、君のところの出現要因、あの少女に関しては賢明な判断だったよね」
「え……そうかな?」
「僕のチームの付き添いだった退桃士もそう言ってたよ。死なせて正解だったって。ピンキーの出現数がとんでもなかったし、抑制するにはそれが一番手っ取り早かった。応援が駆けつけるまでマカ教官と二人だけで戦ってたんだって? まったく、本当に恐れ入るよ、サヨ様には」
 褒められているはずなのにちっとも嬉しくない。どうしてだろう。いつもなら誇らしいのに、今は自分を賛辞することもできない。賛辞するには私にはいろんなことが重すぎた。
――ひとたびピンキーが出現すれば誰かが死んでしまう。
 いままで何人も何十人も何百人も、もっともっと多くのひとが死んできた。だからみんな、ピンキーを呼び寄せないよう魔法の注射を打つ。嫌なことを忘れ去ろうとする。幸せであることが、ピンキーから逃れられる唯一の防御策だから。
「……もう限界」
 ラギはそんなことをぽつんと呟いた。私は「は?」と顔を見上げる。彼は私をギロリと睨んだあと「ちょっとこれ持ってて」とガトリング砲を持たせる。すごく重かった。彼はあたりを見回したあと一番髪の長い女の子のもとへ走っていく。それから二言三言交わし、なにかをもらって戻ってきた。彼の手には小さすぎる、すごく女の子らしいデザインのヘアブラシだった。
「みすぼらしくて見てられないんだけど」
「なにが?」
「君だよ」
 笑っているのに笑っていない、そんな顔でラギは言った。
 断りも入れずに私の髪をブラシで梳いていく。ときどき引っかかったけど、そのたびに止まって丁寧にほぐしてくれた。
「さっきから視線がうるさすぎ。気づいてなかったの?」
 それには気づいていた。でもなにが原因かわからなかったのだ。ラギの行動から、それが私の髪であったことに気づく。そういえば朝っぱらから髪が乱れていた。訓練後ならなおさらだろう。爆発しまくった私の頭を見て「本当によくその髪で歩けたよね」と言った。その隣を歩いていた人間に言われたくない。まあ、だからこそ恥ずかしくなったんだろうけど。
「…………」
 どんどん柔らかくなっていく髪。自分の頭皮に触れ、流れていくブラシの歯。優しくて心地好いけど、だからこそなにか違った。それがあまりにも鮮明なものだから、私は思わず口に出してしまう。
「痛くして」
「は?」
「間違えた。ごめん」
 すぐに手を止めて私から距離を置いたラギに言う。
でもフォローは無駄だったようだ。彼は顔を引き攣らせたままで、私に対する侮蔑は変わらない。侮蔑以上かもしれない。顔色は真っ暗だった。
 ラギは私の手からガトリング砲をもぎ取り、メイス形態へと戻す。それからすたすたと歩いてブラシを女の子に返す。もう私のところへ戻ってきてくれなかった。気持ち悪がるようにわたしを置いて寮へと戻っていく。
 まあ明日には忘れているだろうと思ったが、結果から言うと、それから三日は口を聞いてもらえなかった。


◆ ◇ ◆



 久しぶりに夢を見た。
 最初はなにもかもがぼやけていて、ただ光があることだけがわかる状態だった。私はそのなかへ沈んでいっている。沈んでいっているのに、浮かびあがっているみたいだ。黄金の粒がきらきらと舞って、泡となって私を掠めていく。
 聞こえるのは笑い声。ピンキーの泣き声なんかとは違う、穏やかで優しい声。
 ふわふわとしている。その声を聞くだけで身を捩るほど心がくすぐったくなる。くすぐったくて、それと同じくらいドキドキして、だけど安心そのもの。この感情はきっと世界で一番尊いものだ。なんて心地好いんだろう。
 だんだんと視界がクリアになっていく。眩しさに潰れてしまった目が開いていく。



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