首なし鶏(4/5)




「俺は“イヴ”。君と同じだ」
「……あんたも?」
 マイクの肩が柔らかくなるのを、イヴは認めた。リラックスしたように、表情もほどけていくのが見てとれる。
「ああ、そっか。いるんだ。俺みたいなの……」
 それから、マイクは、ぽつぽつと呟くように、己の経緯をイヴ話した。
 ダストシュートに落ちて、それでもまだ生きていたときは、本当にびっくりしたこと。落ちたそこに、小さな町が広がっていて、夢かと勘違いしたこと。そこにいた適当な人間が、そこがどこだかを教えてくれたこと。そして、地上へと這い出たこと。
「ちなみに。ペーターはお前の仲間か?」
「仲間っていうか、同じタイミングでダストシュートから落ちてきたから、ちょっと一緒に行動してただけ。普通に逃げられたし」
 先刻前のことを思い出し、「なるほど」とイヴは苦笑する。
「それで? マイクは何故、ヘルヘイム収容所に収監されていたんだ?」
「あー……」
 マイクは困ったように首を傾げる。一瞬聞いてはいけないことを聞いたのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。それは次に続く「わかんないんだ」というフレーズで理解した。
「どういうことだ?」
「なんであんなことになっちゃったのか、わかんないんだよ。いや、捕まった理由は、わかるんだけど……そうだなあ」ジンジャーエールを一口飲んだあと、淡々と続ける。「俺さ、元々、遺跡探検家みたいなのやってたんだ」
「遺跡探検家?」
「うん。世界中を飛び回って、ありとあらゆるものを見つけ出すって感じ」
 世界中、と言っていたが、この国は完全に鎖国されている。そして、その真実をマイクは知らない。当然の如く、エグラドの女王政府が国民に秘匿しているからだ。たとえ飛び回れたとしても、精々、エグラドの有する島ぐらいのものだ。けれど、彼の言い分からすると、少なくとも国中は巡っているらしいことに、イヴは気づいた。その歳でそんなことをしているのかと、イヴは純粋に驚く。
「親が考古学齧ってんだ。すごいひとたちらしい。化石とか発掘したりしてて、そっちの方面の仕事をしたいなと思ったんだ。これがけっこう上手くいってさ、俺はいろんなお宝を見つけたりしてたんだ」
「へえ」
 単純に、もっと驚いて、簡素な声しか出なかっただけなのだが、イヴのそれを淡泊な返答だったのだと勘違いし、マイクはむっとした表情をする。
「本当だって。『メリュジーヌの涙』、『純銅の花輪』、どっちも聞いたことあるだろ? 俺だよ」
 その宝の名前は、イヴも聞いたことがあった。どちらも、二年以上前に国立の博物館に寄贈された、当時では話題の代物だった。
 メリュジーヌの涙とは、湖水地方の泉に眠る、涙滴型をしたアクアマリンだ。人工的なカッティングではなく、あくまでも天然でその形をしたその青いベリルは、悲哀を映しだしたような美しい煌めきを持っていると専らの噂だ。
 一方の、純銅の花輪は、今は亡き少数民族の長だけが持つことを許されたという、銅の装飾品のことだ。遥か前に絶えた民族の、新たな痕跡という発見は、学会を激震させたのだとか。
 前者に関しては、イヴの食指には触れなかったので、聞いたことがある程度だったが、後者に関しては知悉していた。マイクの実績はたしかなものであることが理解できる。イヴはそう思い、今度は「すごいな」とわかりやすく言葉にした。
「でもさ、二年くらい前に、もっとすごいものを見つけちゃった」マイクは口元の前で手を組み、得意げに笑った。「エグラド南部にある遺跡群の真下に、それはあるんだけど」
「南部の遺跡群……ストーンサークルか?」
 イヴの確かめるような言葉に、マイクは頷く。
「環状列石って俺たちの界隈じゃ呼ぶんだけど、あの下に財宝が埋められてるってのはけっこう有名な話でね。でも、国からは発掘許可も下りないし、手をつけられない状態だった」
「まあ、歴史的にも文化的にも保存優先度の高い遺跡だからな。変に手を加えられちゃ困るんだろう」
「だから、俺はあるルートを見つけて、その真下の空洞へ行くことにしたんだ」マイクはイヴに顔を近づけ、囁くように言う。「下準備に一年はかかった。遺跡からかなり離れた海岸洞窟から、鍾乳洞を通っていくと、放置されたトロッコがあるんだ。たぶん、財宝を隠した誰かが、自分だけのルートを作ったんだろうな。もう今は使われてない古代ヒスニア語で暗号文書を残してて、解読するのにも一苦労だったよ」
「よく解読できたな。古代ヒスニア語は文献が一部しか公開されてないはずだ」
「おにいさんスパニ語は知ってる?」
「日常会話程度なら」
「そこの文字の形が近い。たぶん、スパニ語の元が古代ヒスニア語。おにいさんなら三ヶ月もあれば、解けるんじゃないかな」
 ジンジャーエールをもう一口飲んでから、マイクはにひっと愛嬌よく笑った。イヴが「で、結局、財宝は見つかったのか?」と問うと、マイクは「見つかったよ。だからすごいものなんだって!」と熱く語る。
「『アンネのペン先』、『黄金の林檎における羅針盤』、『悩ましき裏切りの書』……おにいさんなら聞いたことあるんじゃない?」
 たしかに。イヴはその全部を聞いたことがあった。聞いたことはあるが、とても信じられない代物だった。何故なら、それらは、伝説や伝承の一つとして知られた、眉唾物の財宝だったからだ。
 アンネのペン先とは、高潔なダイヤでできたペン先のことで、そのペン先で文字を書くと、血のインクが滲みでるという、曰くつきだ。黄金の林檎における羅針盤は、不老不死の妙薬の在り処を示すと言われた方位磁石。悩ましき裏切りの書とは、初代エグラド国王が悪魔から奪ったとされる書物の名称である。
 全てが俗説で、存在するわけがないとされてきたそれらを、たった一人で見つけたのだとしたら、それはとんでもない話なのだ。
「上の遺跡とはなんの関係もない代物だけど、たぶん、目くらましのつもりで、その真下に隠したんだと思う。俺はすぐにそれを持ち帰って、アンネのペン先と悩ましき裏切りの書を売り払った」
「売ったのか?」イヴは呟くように尋ねた。「他の宝物と同じように、寄贈したんだと思っていた」
「いや、無理無理。だって、俺、発掘の許可取ってないもん」
 そこでイヴは、マイクがどうしてヘルヘイム収容所に送られたのか、察してしまった。要は、隠密で行われた発掘調査が、国にバレてしまったのだ。罪状は、窃盗罪に器物破損といったところだろうと、イヴは推測する。
 見つけだしたモノがモノだった。オークションにでも出せば相当な値がつくし、それを国が目をつける可能性は高い。とんでもないものが取引されている噂を耳にし、調べたところ、マイクの存在が浮き彫りになる。そのまま調査し、逮捕、ブラックマリアで収容所送り、という流れだ。悪目立ちしたのだな、とイヴは納得した。
 とんでもない風来坊だ。歳に合わぬ気骨。自分の欲求に正直な性質。イヴには理解できる。知識欲、探求欲。それらに酔い痴れ、身を委ねることの、脳髄が火の粉を散らすような高揚感。
「……ところで、マイク」しかし、イヴは気づいた。「黄金の林檎における羅針盤はどうしたんだ?」
 マイクの話からすると、見つけた財宝のうちの三つは売り払うことに成功したが、残りの一つはそれが叶わなかったのだと、イヴは勘繰った。
 モノが悪かった。他の財宝とは違い、黄金の林檎における羅針盤は特別だ。なにせ、不老不死の妙薬の在り処を示すとまで言われている。そういう言い伝えがある代物には、厄介な連中が絡みつくことが多い。マイクはそれの扱いに手を焼いたのだと、イヴは容易に推測する。
「ああ。上手く売り払えなくてね。今もとある場所に隠してあるよ」
 イヴの読みはやはり当たった。しかも、本人はそれを売る気らしい。イヴはいい拾い物をした、と心中でほくそ笑んだ。それをなるべく押し殺して、マイクにある提案をする。
「それを売るための闇ルートを紹介してやろうか?」
「本当に!?」
 食いついた、とイヴは目を細めた。





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