「……嬉しい」


彼女は呟く。

それは良かった。
彼女を喜ばせてあげれたなら、俺だって嬉しい。
俺はここまで何かを誇らしく思ったのは初めてだった。彼女を見る度にその思いは膨れ上がり今にも弾けそうだ。

すると、その杞憂は現実となり、俺はとうとう弾けてしまった。
覚束なかった脚は完全に意味を成さなくなり、往来にズコーンと頼りなく転倒した。頭が痛すぎて割れるかと思った。べちんと床に張り付いた蛙みたいになる。げろげーろ。意識もそのままげろげーろ。つまり意味がわからない。
瞼は重くなって俺にこれ以上視覚情報を得ることを強く拒む。段々と薄まって最後は真っ暗闇へと落とされた。
このまま眠ってしまうのは実に惜しい。きっと目が覚めれば、彼女だって消えてしまう。あの可憐な彼女の姿を、ただただ目に焼き付けたかった。

最後に俺はまた口を開く。

綺麗だ、と。呟いた筈。
でも舌も上手く回らないし鼓膜を直接塞がれたように無音の世界。
俺はちゃんと。彼女に伝えられたのだろうか。

綺麗だ、と。
俺の考案した豚骨醤油ラーメンの黄金比率に匹敵するほどの美しさだ、と。

もうそんなことはどうでもよくなった。とにかくひたすら意識が重い。
俺は一度現実から離脱することにしよう。さようなら。フォーエバー。





A

「やあやあ起きたかな、深夜。道の往来で寝転がっていたところを僕が見つけてあげたわけだけれど、説明を求める権利が発生するか否かを考えていたところなのだよ」


ズルッ、ズルズルズズル。

俺は両足首を捕まれ、なんとびっくり荷台の要領で引きずられていた。通りで、謎の痛みが謎の後頭部に謎に含んでいるわけである。ミステリー!


「……――――遊馬か」


我が憎らしい親友、遊馬瀬遊馬(ゆませ・ゆうま)は、俺を引きずったまま振り返って笑う。まだ思考はぼやけていて薄靄がかかったような状態だったが、俺を脱いだ靴下が如き失礼千万に扱う男を遊馬瀬遊馬以外に考えられなかった。遊馬は「おはようとこんばんはとさっきぶり、どちらをご所望かな我が親友」と、おどけるように肩を竦めて見せた。
遊馬瀬遊馬という俺と同世代のこの男は、純真で純潔の俺にアルコールを強制させ、挙げ句スプラッタホラーを見せ付けてきた下賎な輩である。こんな男と親友だなんて俺の何かが許せない。現にこうして屈辱的な体勢を強いられている。だがこいつが親友なのは紛れも無いしどうしようもない。本当に解せない。解す必要もないが。


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