薄く薔薇色に色付いた品のある唇。その端から左耳にかけて、刃物で裂かれたような傷があった。もう血は固まっているだろうが、その切り口はリアルで生々しい。真っ白な肌にまるでジッパーを取り付けたような歪さだ。ライトに照らされてくっきりと浮かび上がるそれは、残酷に値するものがあった。


「……………」


だが、俺は。

彼女を果てしなく綺麗だと思った。

街灯に晒されて発光するような白い肌は、遠目からでもわかるほど滑らかで、怪我やニキビ一つない。長い睫毛に縁取られた形の良い目は、宝石が散らばったような煌めきを放っている。星だってこうも美しくは煌めけない。まるで一つの芸術品だ。目鼻立ちもほっそりとたおやかで、美少女と言っても過言ではない。もし彼女が天から舞い降りて来たなら、俺は迷わず天使だと勘違っただろう。それほどにまで可憐な姿をしていた。
多分、ついさっきまで、あの憎らしい親友とスプラッタホラーを観ていたおかげか、彼女に対する恐怖の感情は皆無だった。お酒が廻っていることもあり、「なんだーさっきの続きかよーつーかさっきのよりマシだなー」レベルだ。感覚が麻痺していたと言ってもいい。アレは相当グロかった。あの憎らしい親友が一体どの道に進むだろうかと心配になってくる。

目の前の彼女は黙ったままだった。黙ったまま、その美顔でこちらを見つめ続けている。

俺の脳みそは完全に崩落していた。目の前の顔の惨劇が、ホラーなのかコメディーなのかも最早わからない状態だった。理性だの知性だの何だのを、マルッとトイレに流して来ている。つまりパイプを通って下水流塗れにならなければ取り戻せない。だったら取り戻す必要などないだろう。
俺はただ、本能を、本性を、本望を、本来を、彼女に言えばいいだけだ。


「綺麗だよ」


一縷の迷いも惑いも、それこそなんの疑いもなく。俺は彼女にそう告げた。ただありったけの真実と、真意だけを詰め込んで。
もしかしたら笑っていたのかもしれない。
自分の筋肉が弛緩するのを、僅かに捉えることが出来た。


「…………ッ」


すると彼女は。
哀愁と歓喜を孕んだ、花が吹雪くような笑顔を見せた。
今にも泣きそうで。
目を見開いて。
口をやんわりと開けて。
眉尻はふにゃっと下がっている。
何年も何年も、それこそ一生涯永遠に、自分には手に入れられないだろうと絶望していたものを、やっと手に入れた人間のような、そんな顔を、彼女はした。

また綺麗だと思った。

レオナルド・ダ・ヴィンチがもしもまだ生きていたら、目の前の彼女ではなくモナリザを描いたことを、うなだれるまで後悔するに違いない。
こんな美しい笑顔を、俺は未だかつて見たことがなかった。


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