「……………」


シルエットをよく見てみる。
顔の詳細まではまだはっきりとは見えないが、マスクを着けているのは確かだった。顔の下半分がまるで塗り潰されたかのようにぼんやりとしている。むしろぼんやりとしているのは俺だろうが。
そしてその顔の輪郭を柔らかく包み込んでいるのは、チョコレートブラウンのロングヘアだ。それも結構荒れていてぼさぼさだった。でもどことなく艶めいついて纏まっているように見える。元々の毛質の良さだろう。

この時点で相手が女であることは優位に推測出来た。

ふっ。大方、さっきの俺の見事なターンと手首のスナップに魅せられた、といったところか。まいったな。サインと握手は主義に反するんだ。でもまあ、どうしても、って言うなら俺のスナップをくれてやらないでもない。懐を徐にまさぐってみる。あるわけがなかった。自分の写真を懐に入れている男子高校生なんているわけがないだろう。恥を知れ。

俺と彼女の距離は約五メートル。

そこでやっと、もごもごと、彼女の声らしき音が聞こえた。正直マスクでぐぐもっていたのでなんと言ったのかはわからなかった。何だろう。とりあえず「さっきの素敵でした」が一番濃厚かと思う。
しかし、もう暫くすると、その女はまた一つ呟く。
今度ははっきりと。
聞き取れるような大きさで。


「私、綺麗?」


蕩けるくらいたおやかで愛らしい、百合の花のような声だった。僅かに掠れ気味で、それでもベルベットのような艶がある。
なにこの子超可愛い!
俺は柄にも無く、マスクで顔半分シャットアウトされた人間にときめいてしまった。背筋をピシャンと伸ばして彼女の声を頭で反復横跳びさせる。疲れてきたようなので辞めてあげた。この優しさが彼女に伝わると有り難いが。

マスクで顔が見えない。
唯一見える目さえも前髪が少し邪魔をしている。

そんな相手に俺は「綺麗だよ」と返した。自分でも驚くほどかなりナチュラルに飛び出た言葉だった。

彼女は「そう」と、百合の花のような声で言う。陶酔しそうだった。いや、ある意味俺はまだ陶酔している。アルコールって怖いよね!
しかし、彼女は次なるアクションに出る。
着けているマスクに、自分の手を当てたのだ。そのまま小慣れた動作で徐にマスクを外す。あの可愛らしい声の主の全貌が明らかに!? チャンネルはそのまま!

だが。
しかし。
そこで驚愕することになる。


「なら…………」


剥けるように外れたマスクの下。
外気に晒された彼女の顔は――――……。


「これでも、そう思う?」


嗜虐的なまでに、口が耳まで裂けていた。


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