「さてと」遊馬は軽く見回す。「じゃあ僕らはそろそろ出ようかな。まだ宿題があるわけだし」
「ん、そだな」


遊馬と秋は荷物をまとめる。秋は「否見を回収しなきゃなー」といいながら首をコキコキと回した。随分こった音が出るな、と思った。
しかし、いくら待っても朽崎は出るための準備をしない。遊馬はそれに気づいて声をかける。


「朽崎さん、残る?」
「はい。僭越ながら、残らせていただこうかと」
「そっか。大丈夫?」
「ええ、勿論、もし暴漢が襲ってこようともちっとも大丈夫です」
「飛躍しすぎじゃないのか」
「私が徹底して守ってみせます」
「聞け」
「貴方を傷つける人間に容赦はしません。傷一つでもつけようものなら、何十倍にしてでもその報いを受けてもらいます。目には死を、歯にも死を、深夜さんにも死を、です」
「それだと俺が死ぬんだが」


遊馬は苦笑して「なら大丈夫だね」と呟くように言った。
遊馬と秋はヒラヒラと手を振ってその場を去る。病室には俺と朽崎だけが残った。俺は林檎をまた一つ啄んだ。とても甘く感じられた。


「並木さん」
「シャバドゥビ?」


俺がスキャットしながら返事をすると朽崎はくすくすと歌うように軽やかな声で笑った。聞き触りの好いそれは容易く俺の耳を虜にする。和やかな空気を生み出す調べは俺のスキャットよりも優れて浮き立った。それだけが少し、悔しい。


「本当に並木さんは面白い人ですね」
「もしかしたら世界的な芸人になれるのかもしれない。世界を平和にするのは歌でも演説でもない、笑いだ」
「まあ! 素敵な志です!」
「とりあえずパリあたりでキリンに跨がりながら一興演じるのも悪くないかもしれない。すぐさま街中が熱気に包まれることだろう」


そうしたら俺は罪深いことに世界に熱帯をもう一つ作ってしまったことになるな。俺の才能は神が造りし黄金率ですら敵わないというのか。これは聖徳太子どころではないぞ。もしかしたら千年後には俺はお札に印刷されてたり古墳の中にいるのかもしれない。イエスまやかし!


「ねえ、並木さん」
「なんだ」
「本当にありがとうございました」


朽崎はマスクをしていない、その凄惨に美しい顔で微笑んだ。


「貴方にはいくら感謝しても感謝しきれない、ありったけの言葉を送ってもまだ足りない。並木さん、ありがとうを、ありがとうございました」


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