ああ、秋の言う通りだ。
“――――可哀相、って言われたことすらないんだろうな”
朽崎無言は。
同情されることなく。
憐れまれることなく。
被害者にもなれず
徹頭徹尾加害者で。
きっと、泣くことすら、出来なかった。


「……ぁ……もうッ、泣くもんか……ッ」
「…………朽崎」


手の甲で涙を拭い、歯を食いしばる。肩を上下させ――――赤くなった目でこちらを見た。


「……もういいんですよ、並木さん」
「……………」
「どうせ、ダメなんだから。貴方もダメだった時点で、とっくに潰えていたに違いないだろうから。私は間違っていても、自分がしたいことをしたんです。欲しかった言葉は、誰も与えてはくれないのだから。だから、並木さん」


さようなら。


朽崎の鋏が、俺の首目掛けて振り下ろされる。もうおしまいだ。どうしようもない。抗いようもない。ここが果てだ。
綺麗だという本意も、怖いという本音も、好きじゃないという本心も、全てが全て無駄であり無茶だったのだ。
俺は死ぬ。
朽崎無言に、殺される。
切り裂き魔――朽崎無言に。
なにを言ってあげたらよかったのか――言ってあげる、だなんて恩着せがましいのだが。どうすればよかったのか。どうしたら上手くいったのか、本当にわからない。
俺は目を閉じる。
――ああ、そういえば……俺は告白の返事を、朽崎の好意の返答を、ちゃんと最後までしていなかったな――。
なら、それでいこう。
俺の遺言は、それでいい。
朽崎無言へ。
俺の最期は、お前に捧げる。
口角を上げた。
俺はただ、本能を、本性を、本望を、本来を、彼女に言えばいいだけだ。




「好きになってくれて、ありがとう」




グチィイッ、と――――冷たい痛みが首筋を走った。
赤い炎のような熱が噴き出して、瞬間視界が濁っていく。
寒い。寒い。熱いのに寒い。魂が身体から抜けていくような感覚。そして痛くて、どこか気持ちがいい。
最後の言葉は、朽崎に届いたのだろうか。
届いていたら、いいな。
口角を上げたつもりなのに、上手く身体を支配出来なくて、麻痺したみたいに――――――動かない。

じんわりと顔を上げる。

朽崎が、泣いている。さっきよりも悲惨なくらいの量の涙を零して――俺の手を握って、俺の傷口を塞いで、俺の名前を呼んでいる。
ああ、よかった。
届いていたようだ。
よかった。よかったな、朽崎。これでお前はもう、思いっ切り泣けるんだ。
お前はただ、普通に失恋しただけだから。
もう、泣いたっていいんだよ。

朽崎は返り血を浴びて、涙と混ざって、汚い姿をしている。服も真っ赤で、まさしく切り裂き魔という通り名に相応しい。そして、《口裂け女》そのものだ。


「……………っ、は、はは……」


――――だというのに。
これは参った。
してやられた。
血まみれで血みどろで、こんな凄惨な姿ったらないのに。
朽崎、お前ってやつは。
本当に綺麗だよ。
返り血を浴びても、美しい。

俺は、目を閉じる。
もう何も見えない。
もう何も聞こえない。
ただ。
何故か。
“やつ”の声が、聞こえた気がした。


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