そんな悲しい顔をしてほしいわけじゃないんだがな。
俺は朽崎に続ける。


「でも、被害に合ってる人がいるのは確実だぞ」
「だって。逃げ出すから。怖がるから。怯えるから。叫びだすから。喚きだすから。気持ち悪がるから。拒絶するから」
「言い訳は醜い。お前らしくないぞ。お前のそれは、ただの八つ当たりだ」
「辛辣ですねー…………」


朽崎は少しだけ俯く。


「私だって、好きでこんな傷、ついたわけじゃないのに。みんななんで怯えるんでしょうかね。みんななんで怖がるんでしょうかね。その、綺麗な頬を、引き攣らせて。本当、なんで、殺してやりたいくらい、腹が立つ」


何年思い悩んでいたんだろう、朽崎は。こんな凶行に至るまで、どんな目に合ってきたんだろう。

夜の光と影でありありと浮かび上がる朽崎は、悲壮と悲哀で目一杯飾り立てられている。目も当てられない、痛々しいくらいの姿だ。


「朽崎」
「はい」
「それでもやっぱり、お前は間違ってる」


朽崎はなにも返さなかった。


「お前が今まで辛い思いをしてきたこと、お前がこうやって許されないことをしていること、全部別問題だ。恥を知れ」
「……私のことを、なにも知らないくせに…………そんな綺麗ごとを……。並木さんみたいに安全地帯にいる人にはきっとわからないんです……なんでこんな目にって、なんで私だけって。私が間違っているのはわかりますけど、なんで私はいつも加害者なんですか。正義を振りかざすなら、濡れ衣を着せられた人間より、真犯人を裁いてくださいよ……! 善人面も、おためごかしも、もううんざりなんです。どうせ私には向けられないんだから。私が全部悪いんだから。なんにもわからない人の圧力なんて、もういいんですよ。“そっち側”の言うことに従順でいれるほど、私は優しくないんです。正しく生きていられるほど、私は強くないんです。我慢して我慢して、もう、疲れたんです。そろそろ自分のためになにかをしたって、いいじゃないですか……。私は自己中心的な人間です。間違った人間です。異端な人間です。醜いんです。それは――私を怖がった貴方が――一番知ってることじゃないですか…………!」
「綺麗だよ」


朽崎は、目を見開く。
まるでいつかの夜のようだった。
月明かりに照らされ、今にも泣きそうな死にそうな剣幕で、深い傷口を晒す目の前の彼女に、俺はもう一度言う。


「お前は綺麗だよ、朽崎」


風が強く吹いた。
朽崎の髪も、俺の髪も、木々も土埃も全て吹き巻かれ、ひんやりと冷気を持つ。


「嘘だ……」
「嘘じゃない、お前は綺麗だ」
「…………嘘だ、嘘です」
「何故?」
「何故もなにも、だって、怖いって言ったじゃないですか」


声は奮え、そして少しだけ上擦っている。怒りや悲しみをなんとか堪えている、といったところか。
しゃりん――――と。鋏が開閉される音がした。その旅にぼたぼたと血肉が零れ落ちる。


「ああ。そうだ。怖い」
「ほらぁッ!!」


朽崎は俺に飛び掛かってきた。


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